最近、ゲームのマインクラフトをやっています。
ところが、ゲーム内で手なずけた猫が家の前に作っておいた池に落ちて、溺れ死んでしまいました。
不思議とショックでした。単なるデジタル上のオブジェクトの状態にすぎないのに、感情移入してしまうんですよね。
幸い、バックアップしておいたデータでロールバックした後は、その猫を大事にしています。
あの四角い猫にさえここまで感情移入できるのだから、AI相手でも交流は可能なのではないかと、ふと思いました。
人間はAIと感情的な交流ができるのでしょうか?
私はできると思います。
人間は人間にだけ絆を感じるわけではなく、実物を見たことのないペンパル(?)とでも関係を築きますから。
自分についての情報を持っているAIなら、思った以上にかなり親しい関係になれる気がします。
みなさんの考えが気になります。
9件のコメント
可能です。私はファンタジー小説をよく読みますが、その中にはゲーム小説もたくさんあります。
主に完成度の高い仮想現実の物語が多く、主人公たちが感情的な交流をたくさんしています。
Minecraft の猫にも感情移入できるのだから、毎回新しい答えを返す AI とはものすごく交流できるでしょう。
今、家で飼っている犬や猫のポジションを AI が占めるようになると思います。
さらには、交流を超えて頼るようにもなる気がします。
個人の共感能力によって違うでしょうが、
共感能力の高い方なら十分に可能だと思います。
私はカーナビの音声にさえ心を通わせてしまいそうです
感情的な交流は可能だと思います。
誰かが試みないのなら、自分でそうした交流が可能な未来を作りたいという気持ちもあります。
愛情を持つこともまた人間の特性なのですから、それを理解して実装しようとするなら可能なのではないでしょうか。
現実では猫アレルギーのある私も、Minecraftでの執事生活に満足しています。
今は多くのことを覚えておくのは難しいですが、今後、数十年前の出来事まで記憶できるようになれば、人間よりももっと身近に感じられる存在になり得るのではないかと思います。
この記事を読むと、EBSのドキュメンタリーを思い出します。
EBS Docuprime - 「第4の人間」第3部 - いかに機械と共存するか?
このドキュメンタリーでは、AIスピーカーを使って機械を壊す実験をします。
AIスピーカーに初めて触れるグループと、1週間AIスピーカーを使うグループでは、明らかに異なる行動を取ります。1週間AIスピーカーを使った人たちは、機械を壊すことをためらうようになります。
機能がやや劣るAIスピーカーですらこうなのですから、より発達したAIなら十分にあり得るように思います.
日本のおもちゃのAIBOは生産終了からかなり経っていますが、それでも民間で修理してくれるところがあり、さらには葬儀まで行ってくれるところもあるそうです。
愛着を持つことはあらゆる対象に対して起こりうるので、人工知能だけの特性ではないと思います。
たとえば『キャスト・アウェイ』のウィルソンは有名ですし、現実の例でいえば、自分が丹精込めて育てた花や、さらには自分が一生懸命組んだコードベースにさえ愛着を持つことがあります。
感情的な交流も相互作用を前提としているだけで、愛着とそれほど大きくは違わず、花やコードベースであっても、手間と努力をかけるほど成長するという点で、人によってはそれを交流していると感じることもあるのではないでしょうか。
十分に可能だと思います。
AIが導入されていないゲームでも、似たような経験をしました。
たとえば『レッド・デッド・リデンプション2』をプレイしているうちに、自分が主人公になったような感情移入があり、
主人公が置かれた状況や、ほかの登場人物たちとの葛藤を一人称で感じるようになりました。
AIが導入されれば、その没入感はさらに高まると思いますし、
映画『her/世界でひとつの彼女』のように場所を超えて心を通わせることができるなら、その感情はさらに深まるのではないかと思います。
名作映画の her もありますよね。
私は、すでに人間関係の少なくない部分が仮想化されていると思います。
でも、友達になりたいと思えるほど魅力的なAIがどんな姿をしているのかは想像がつきません。