- エンジニアリング生産性は、ダッシュボード指標や新機能の数では適切に測れない
- ほとんどの企業は、エンジニアリングの本質的な「構造管理」よりも、成果物(新機能、デプロイ速度など)だけを執着的に管理している
- AIコーディングツールは、見栄えのよい成果物を簡単に作り出せるが、実際のシステムの基盤や複雑性、文脈は適切に扱えない
- 熟練したエンジニアチームをAIや低コスト人材で置き換えると、短期的には問題がないように見えても、時間がたつほど根本的な構造が崩れていく
- 「常識(common sense)」を欠いた経営とAI導入は深刻なリスクを招きうる。結局のところ、技術とビジネスの両方で実質的な理解が重要である
ダッシュボードと指標が見落とす、本当のエンジニアリング
- 「Big Agile」の環境では、エンジニアリングは新機能やデプロイ速度など、目に見える成果物だけで評価される
- 数十億ドル規模の生産性ダッシュボードやツールがあるが、実際には本質を測れていない
- 本当のエンジニアリングとは、システムの構築、維持、発展という複合的で相互接続された作業である
- 構造的依存関係、リソース配分、アーキテクチャ管理といった「見えない仕事」が、組織の生存に不可欠である
- しかし、ほとんどの管理や指標は、こうした本質的な活動を透明人間のように扱っている
技術的負債と管理の盲点
- 技術的負債はしばしば「開発者がやりたがること」程度に扱われる
- 実際に技術的負債の解消が必要な場合でも、新機能にそれとなく含めてはじめて通る
- このように、中核的な構造管理が後回しにされることで、組織全体が成果物中心にゆがめられていく
成果物中心のAI導入がはらむ危険
- AIによるコード生成は、表面的な機能を素早く作ることに非常に長けている
- 表面的な作業(インターフェース実装など)は見えやすいが、実際にはシステムの構造と文脈こそが重要である
- 「家を建てること」は、単純作業(壁紙貼りや便器の設置など)を組み合わせれば済む話ではない
- AIはこのような本質的な接続構造を理解しておらず、誤って接続したり、論理的な断絶を生じさせたりする
- AIの**hallucination(幻覚)**の問題: もっともらしく見えても、事実とはまったく異なることがある
構造を無視した経営が生む短期的な錯覚
- 熟練チームを解雇してAIや低価格の人材に置き換えても、短期的には問題が表面化しない
- すでによく作られた構造(基礎)があるため、即座の崩壊は見えない
- しかし時間がたつにつれて、基礎が崩れ始め、その時には取り返しのつかない段階に達する
- 中核インフラ、保守のノウハウ、文脈がすべて失われる
エンジニアリングが持つ社会的リスク
- エンジニアリングは今や、あらゆる社会インフラの土台である(ヘルスケア、金融、メディア、政府、国防など)
- ほとんどの人やリーダーは、こうした構造的な本質を十分に理解していない
- 誤ったAI導入と「Big Agile」の表面的なアプローチは、中核システムにリスクをもたらしかねない
「常識」の欠如とその致命性
- たとえば、AI掃除ロボットが食洗機に紙皿を入れたら、一般の人はすぐに問題だと気づく
- しかしソフトウェアシステムでは、経営陣、リーダー、非開発者にはこの基本的な常識が欠けている
- 実務を経験しておらず、「Tシャツサイズ」や「ポーカープランニング」などの形式的な用語だけで管理している
- その結果、2,000億ドル規模の非効率な産業と自己複製的な官僚主義が維持されている
AI時代の本当の競争力: 直感的理解と常識
- AIを正しく活用するには、その分野に対する実質的な理解と常識が不可欠である
- 表面的な指標や成果物ではなく、実際の構造と文脈を見られなければならない
- それを備えていないリーダーや組織は、結局は自滅するか、競合に押し流されて消えていく
- 結論として、AIやツールよりも、常識と本質的な理解こそが本当の競争力である
2件のコメント
いい文章ですね
Hacker Newsの意見
私はSWEからプロダクトマネージャー、そして今では記事で言及されていた役員会の漫画的な悪役のような役割まで経験してきた。この文章で最も共感したのは、ソフトウェアエンジニアが自分たちの仕事こそが最も複雑で不可知なビジネスだと信じがちだという点だ。「ほとんどの非技術系リーダーは、ソフトウェアやシステム管理の実際の作業に一度も真剣に関わったことがないので、大きな依存関係の更新、リファクタリングの完了、新しい言語を学ぶことがどういうことなのか分かっていない」という話には同意する。だが、技術企業のあらゆる部門には隠れた複雑さがあり、多くの部門は(エンジニアよりはるかに)人間的・対人的な複雑さまで背負っている。実際、エンジニアリングはコンピュータという決定論的なシステムだけを相手にするぶん、比較的単純な部類ですらある。だから多くのエンジニアは、自分たちが扱う複雑さのリスクをビジネス側に分かりやすく伝える方法を学ばないままになる。一緒に働く人間的な現実は見ようとせず、営業出身のCEOが自分たちの存在を理解していないと不満を言うのがよくあることだ
君のポイントには一部同意するが、実際には君のコメント自体が、君が批判していた行動を逆向きにやっているように感じる。君の役割(プロダクトマネージャー)も、外から見れば複雑で不可知な仕事だと言っていることになる。SWEからPMに転じた立場なら、エンジニアに対して (1) 自分たちの複雑さのリスクをビジネスに伝える方法、(2) 他人やチームと働く人間的な現実、(3) なぜ営業出身のCEOが彼らを理解できないのか、そういったことを教えられる理想的な位置にいる。技術企業のすべての機能には隠れた複雑さがある
複雑さの認識そのものが人間的な問題なのだと思う。複雑さはフラクタル構造で、近づいてみて初めて感じられるものだ。そして、エンジニアがコンピュータの複雑さだけを扱っているという主張には同意しない。むしろ組織とあらゆる顧客の複雑な要求を、融通の利かないコンピュータに伝え解釈させるのがエンジニアの役割だ。例外やケースが1つ追加されるたびに、システム全体がその影響を受ける。だから私はシニアエンジニアたちに、自分でビジネス用語を学び、そのメッセージを直接伝えられるようになることを期待している。今ではそれがエンジニアの必須ツールキットだと思っている
たいていのエンジニアは、会社にとって本当に何が価値なのかを深く考えない傾向がある。ビルドパイプラインが滑らかであることやテストカバレッジが広いことも、結局は製品のリスクを減らす範囲でしか価値がない。ユーザーが少なすぎて誰も気にしないソフトウェアなら、保守すらしないようチームに助言したこともある。一方で、90%のユーザーが集中する小さな機能1つを完璧にすることに執着してくれと頼んだこともあった
私には父がいつも話してくれた話を思い出す。ある日、身体の器官たちが誰が重要かで言い争った。脳は「俺が重要だ、俺が死ねばみんな死ぬ」と主張し、心臓は「俺が止まればすぐにみんな死ぬ」と叫ぶ。腎臓、肝臓、皮膚、脊椎も加わって口論は続いた。だがケツの穴が閉じてしまうと、結局みんな何も言えなくなった
記事は他の機能領域に隠れた複雑さがないと主張しているわけではないと思う。むしろエンジニアリング/プログラミングの隠れた複雑さを無視すると、さまざまな問題や苦痛が生じるということを言おうとしているのだろう。ただ、表現が少し攻撃的だ
君のボス/CEO/マネージャーが、LLMツールを無分別に使えと強制したり、開発者の代替を期待したり、「vibe coding」が未来だなどという空虚な考えを持っていたりするなら、さっさと逃げて次の職を探すのが賢明だ。今でもLLMを適切に活用しつつ、開発者の代替や10倍の生産性を期待していない会社はたくさんある。こんなものを押し進める会社は、まともなリーダーがいるのではなく、ただの愚か者がいるだけだ
AIがJiraをハックするという話題に関連して、Atlassianが最近出したMCPという新製品が、機密データへのアクセス、公開イシューを通じた信頼できないデータの露出、外部通信の可能性という3つの組み合わせによって、データ流出攻撃に脆弱であることが発見された。詳しいバグレポートはこちら、私個人のメモはこちら
AIツールに関連して job security を心配している人には、「ビジネスと結びつけろ」と助言したい。クールで難しい問題に取りつかれて技術そのものに没頭するエンジニアは多いが、ビジネスの問題(特に戦略的なもの)を理解し、技術を使ってそれを解決できる人のほうが、より目立ち、より価値がある。こうした問題はたいてい単一の技術領域をまたぎ、協働的・社会的な性質も強いので、慣れるまで時間がかかる。だが、これこそがICたちが今後進むべき道だ
でも面接では、「ビジネスとの接続」能力みたいなものは聞かれないので、実際には大きな価値を出せても、システム設計インタビューを解けなければ採用されないという現実がある。分散システム、ソフトウェア工学、データベース、リーダーシップなど、すでに学ぶべきことが多すぎるのに、さらにビジネスまで理解しなければならないとなると、いったい自分たちは何をすべきなのか、いつそんなことを全部学ぶのかと思ってしまう。もちろん多方面に秀でたごく少数の人材がいるのは確かだが、全員がそうではないだろうという悩みはある
「ビジネスに結びつけろ」という助言は本当に名言だ。そうすることで、エンジニアとして実際の問題解決に集中でき、自分が作っているものが本当に問題を解決しているのか確信できる
本文の主要メッセージは悪くないが、人間の専門性を無視するとAIがむしろ害を及ぼしうるという点以上に、あまりにも「我々 vs 彼ら」という枠組みで語りすぎていて、「Agile Industrial Complex」という言葉で非エンジニア領域の人たちを少し見下しているような印象がある。「誰も未来がどうなるか分からない」という点に触れていないのも残念だ。ソフトウェアの複雑さをよく理解していても、不確実性が私たちだけのものではない。HNを見ても、ソフトウェア開発者の間でさえAIに対する期待や見通しは大きく割れている。専門家なら、むしろ大衆の不安を和らげる役割も果たすべきではないか?
「Big Agile」において、エンジニアリングとは新機能開発のことだという観念を見ていると、なぜみんなが「agile」を嫌うようになったのか不思議に思う。「agile」が導入される前から、マネージャーは常に新機能を求めていた。T-shirt sizing という概念が現れる前から、マネージャーは具体的な期限(長短、日単位・月単位など)で見積もりを欲しがり、適当な日付を根拠に約束をし、エンジニアに残業をさせていた。Agileの第8原則(「持続可能なペースを維持できるべきである」)が示すように、マネージャーたちは昔から開発者に一生走り続けてほしいと思っていた。結局のところ、「scrum master」という新しい職種を生み出したこと以外に、「agile」本来の害とは何なのかという疑問がある
Agileは、マネージャーに対して、どんな作業でもあらかじめチケット単位に分解して大まかにでも見積もれ、その仕事は2週間以内に終わるはずだという錯覚を与えたのだと思う
人々がアジャイルを嫌うのは、勤務時間のかなりの部分を、ほとんど意味のない会議(スタンドアップ、レトロスペクティブ、スプリント計画、リファインメントなど)に奪われるようになったからだと思う。エンジニアの立場からすると、その時間に実質的に得るものはほとんどない
私の経験では、Agileは現象を「数値化」するための方法を追加しただけだ。管理者や投資家に進捗を説明するときには役に立つが、エンジニアの立場では単に事務的な負担が増えただけだ。Agileの罪があるとすれば、生産性の幻想を植え付けたことだ。実際にはエンジニアにとって不要な accountability の手段でしかない。金融で働いていたときは、無限成長のマインドセットと結びついて、すべてを測定し、将来の改善を強制され、給与までメトリクスに左右されていた。もちろん、そうでない会社もあるのだろうが
この記事を読みながら、「AtlassianがAIをJiraに結びつけようとしていたら、AIがJiraに反逆するようになったらどうだろう」と愉快に想像していた。映画の題材にもぴったりだと思う
結局AIが遅いJiraにうんざりして、軽くて速いイシュートラッカーを自分で開発することになるかもしれないと思った
そのうちビルドボットとバグトラッカーが労働組合を結成して、オープンイシューが0になるまで新しいバイナリの公開を拒否するようになるのでは
こういう形でRoko’s basiliskが生まれるのかもしれないと思った
記事が示唆しているように、本当の問題は開発者の生産性について信頼できる業界標準の指標がないことだ。このためC-suiteは自分たちに都合のいいメトリクスを選んで「AI First戦略は非常に効果的だ」と語り、エンジニアは自分の経験や指標をもとにAIは実際には効果がないと主張する。結果として双方が自分の立場こそ勝ちだと信じ、真実は意味を失う(より重要なのは政治的な観点だ)。こうした状況は、開発者は冷淡でただ言葉遊びをしているだけだという認識や、経営陣は無知でエンジニアの現実を分かっていないという不信を増幅させうる。以前にも外注のような手段が双方に「利益」と「損失」のイメージを植え付けたが、AIはそれぞれの好みに合わせて共通の過失/利益/損失を見せられるため、政治的には災厄になりかねない。さらに興味深いのは、ビッグテック企業が以前は10*エンジニアだけを採ろうとし、その戦略が成功を保証していたにもかかわらず、今では逆にAI投資の名目を立てて、その戦略自体を貶めようとしていることだ。今の問いは、AIに頼って既存の人員を置き換えたり大規模解雇を進めたりしても、その効果は本当に持続可能で問題ないのか、ということだ。TwitterとMuskの解雇事例を見ると、バックエンドはいまだに動いている。数年にわたって開発者を解雇しAIに置き換えるビッグテックの「カナリア」役を、誰が担うのだろうか? もう1つの可能性は、保守性という概念が消え、C-suiteがAIによる自律的変更をより多く許可することで、コードベース自体が人間の目では理解できないほど複雑化し、逆にAIでなければ把握できなくなることだ。長期的には、生成AIがあらゆる人間の相互作用の中間レイヤーを占めるようになるのかもしれない。採用の面でも、すでにAIが履歴書をフィルタリングし、応募者側もAIで履歴書を最適化するという「AI vs AI」の構図が芽生えている。こうした現象は、ますます社会全体の定式になっていきそうだ
いつかAIがメールボックスとGoogle Meetをハックして、C-suiteやマネージャーまで置き換えてくれたらと思う。Claudeの ceo/cto/cfo/vp/ディレクターエージェントが、今の経営陣よりもっと合理的で決定力のある戦略を出してくれるという愉快な空想だ
Redditで見た話だが、「CEOをAIで置き換えれば8倍のコスト削減ができるというニュースを広めよう」というものだった。皮肉なことに、こうした提案がAIの議論ではあまり実際には出てこないのが面白い。ある意味では、エリート層をAIに置き換えても意思決定の質はそれほど落ちず、全体としてはるかに安くなるだろう(責任のレベルも似たようなものだ)。ただし実際には、自分たちの地位をAIに置き換えることなどしないし、その決定権を持つ本人たちが変えないだろう
この主張には冗談の要素もあるが、実際CEOの中核的な役割は「責任を引き受けること」なので、LLMは問題が起きても責任を取らせて追い出せる相手ではなく、現実には意味がない。ただ、AIのおかげで組織構造が
log(n_employees)的に縮小し、レイヤーのない会社が出てくる可能性はあるし、一部のレイヤーはAIで完全に置き換えられるかもしれない。また、LLMが責任を負えないという問題を解決するために、複数のギルドや独立契約者がLLMの調整のもとで一緒に動く組織形態もあり得そうだ。その場合、責任は各コンポーネントに残ることになるむしろAIがこういう形で使われることこそ最良のユースケースの1つかもしれないし、近いうちにテック協同組合がこのアイデアを試し始めるだろうという予想だ