3 ポイント 投稿者 GN⁺ 2026-01-28 | 2件のコメント | WhatsAppで共有
  • 行動そのものだけが実際の実行であり、考えたり準備したりすることは実行ではないと強調
  • 計画、学習、議論、道具の購入などはすべて「やることをやる」ことではないと繰り返し指摘
  • 失敗しながらでも、不器用でも直接試みる行為だけが本当の実行と見なされる
  • 小さくても始めることが重要であり、完璧な準備や理想的な条件は不要
  • 実際の行動に移す姿勢が創作と開発の核心であることを思い出させる文章

実行と非実行の区別

  • 文章では「考えること、夢見ること、可視化すること、準備すること」などはすべて 「やることをやる」ことではないと列挙
    • 例: 「考えること」「夢見ること」「成功を想像すること」「準備が整うまで待つこと」など
  • 話したり、説明したり、議論したりする行為も実行とは見なされない
    • 「他人に説明すること」「オンラインで議論すること」「始めると宣言すること」などが含まれる

準備と消費の落とし穴

  • ポッドキャストを聞くこと、チュートリアルを見ること、他人の事例を読むことなどはすべて実行ではない
  • 完璧なシステムを設計したり、道具を買ったり、作業スペースを片付けたりする行為も実行とは見なされない
  • 罪悪感や忙しさに慰めを見いだす態度もまた実際の行動ではない

本当の実行の形

  • 失敗しながらやること不器用にやること小さくてもやることはすべて「やることをやる」こととして認められる
    • 完璧でなくても、実際に手を動かす行為が重要
  • 文章の後半では「ブログを書くことさえ、やることをやることではない」と述べ、自己反省的な結論を示している

核心メッセージ

  • 行動だけが本当の実行であり、それ以外のすべては実行の代替物ではない
  • 小さくても始め、失敗を受け入れ、自分でやってみることが唯一の前進である
  • 文章の最後の一文「では、また仕事に戻らなければ」は、即時に実行する姿勢を象徴している

2件のコメント

 
bobross0 2026-02-27

私のように実行力があまりない人たちには、いいフレーズですね。

 
GN⁺ 2026-01-28
Hacker Newsの意見
  • 下手でもやる」という原則が、自分の考え方を完全に変えた。
    完璧なアーキテクチャを設計しようとして何週間も費やしたが、結局計画をやめて、自分の問題を解決する粗いバージョンを作った。
    驚いたのは、その最初のバージョンが、計画だけでは絶対に学べないことを教えてくれた点だ。ユーザーが実際に重要視すること、実運用で重要なエッジケース、そして何が「十分に良い」のかを学べた。
    一番難しいのは、欠陥があると分かっていながら公開を許すことだ。でも実際の利用から得られるフィードバックループは、何週間もの仮想的な議論よりはるかに価値があった。

    • 内容には同意するが、文章のトーンがLLM生成っぽいと感じる。
      最近は生産性系のサブレディットにこういう文章があふれている。個人用の自動化ツールを作るのに何週間もアーキテクチャを計画するというのが、現実的にあり得るのか疑問だ。
      投稿者のコメント履歴を見ると似た文体が繰り返されていて、信頼しづらい。
    • 昔見た優秀な開発者は、コードを何度も完全に消して書き直すやり方で作業していた。
      その過程を見るのは本当に興味深かった。
    • 初心者にこの感覚を教えるのは本当に難しい。
      実際に実装してリファクタリングする過程では、問題そのものやプログラミング全般について学ぶことが非常に多い。
      最初に考えた抽象化はたいてい間違っている。実装していくと構造が完全に変わり、最終的には最初とはまったく違う美しいコードになる。
    • Fred Brooksの『The Mythical Man-Month』に収録されている**「Plan to Throw One Away」というエッセイを思い出した。
      最初のバージョンは捨てるつもりで作れという話だが、実際にはたいてい捨てずに反復的に改善していく。
      今ではツールとプロセスのおかげで、継続して
      iterate**できるようになった。
    • 重要なのは、上位の機能設計と内部の**配管部分(基盤構造)**を混同しないことだ。
      内部構造にも反復とプロトタイピングは必要だが、データ構造、エラー処理、ロギング、命名のような部分は、後で素早く改善できるよう初期に慎重に決めるべきだ。
  • Doing it badly is doing the thing」という一文が気に入った。
    HNで学んだ教訓だが、行き詰まったときは完璧にやろうと悩むのではなく、とにかくやってみるのが大事だ。
    最初はひどくても少しずつ改善していけば、いつの間にか全体像が見えてくる。まるで魔法みたいだ。

    • Everything worth doing is worth doing badly」という言葉に、つらい時期を支えられた。
    • これに関連して好きな助言が2つある。
      1つはDan Harmonの writer’s blockに関する助言 で、
      もう1つはIra Glassの 「The Gap」 だ。
      要点は、完璧を待たずにひどい初稿でも書いて、それを批評家の目線で直していけということだ。
    • 会社ではこういうやり方をすると、逆に**「もうそれでいい」**と言われて、未完成のバージョンが永遠に維持されることがある。
      だから最近は、完成するまではわざと「まだできていない」と言うようにしている。
    • ソフトウェアは普通、alpha–beta–releaseの3段階を経る。
      自分はまず素早く作り、それから磨き、最後に新しく書き直すというやり方をしている。
      重要なのは、beta段階で完璧主義に陥らないことだ。
    • 人間がこうやって段階的に改善すると肯定的に見られるのに、LLMがやると否定的に見られるのは興味深い。
      実際、段階的改善が効果的なら、人間かAIかは関係ない。
  • 前の会社では、経営陣のことを**「問題感嘆協会」と呼んでいた。
    問題を議論し、分析し、責任者を探すことにばかり熱中し、実際には解決しなかった。
    結局重要なのは、
    「実際にやること」**だった。

    • 逆に、ある会社は既存の解決策に執着していて、問題を見直そうとしない。
      最善のアプローチは、問題への関心と反復的に解決しようとする意志を両方持つことだ。
      社内で実際に使うdogfoodingは、そのバランスを取る良い方法だ。
    • 結局、自分が実際に仕事をする側なら、その決定権を活用すべきだ。
      できる限り自分に有利な方向に決めることが重要だ。
    • 中間管理職をなくせば生産性は上がる。
      更新のための調整が減り、実際に仕事をする組織のほうが効率的だ。
    • 問題を分析したあとで、今すぐ別のことを始める理由ができたのなら、それはそれで構わない。
  • この記事は、strangestloop.ioのエッセイ と非常によく似ている。

    • 正直、ほとんど盗作レベルに感じる。
      タイトルを見て見覚えがあると思ったが、クリックしたら別のサイトで、投稿時期も数日前だったので驚いた。
      内容があまりに似ていて、偶然とは思えない。
    • 自分もこの文章をどこで見たのか思い出せなかったが、似た内容を読んだ記憶がある。
  • 昔は準備が重要だと思っていたが、ある時点で準備が無限ループになることに気づいた。
    うちのチームは2ページの仕様書で4か月で製品を完成させたが、競合チームは8か月間文書ばかり書いて解散した。
    計画は20%でも80%の問題を潰せる。その先は不安を厳密さで包んだものにすぎない。
    結局、恥ずかしいものを出して直しながら学んだことがほとんどだった。

    • この記事の要点を少し誤解しているように思う。「準備」そのものがすでに**「doing the thingではないもの」**に含まれているのだと思う。
    • チームによる。うちのチームは何か月も計画を立てて、それでもうまくリリースできた。結局はケースバイケースだ。
    • 計画の効用は逓減するが、ほとんどのプロジェクトは計画不足でもっと悪くなる。
    • Red DwarfのRimmerが試験勉強ばかりして失敗する場面を思い出す。
      以前のHNコメント で引用されていた。
    • 計画を完全になくすのも問題だ。バランスが必要だ
  • Analysis paralysisは本当に存在する。
    止まらないためには、とにかく始めるしかない。まずハッピーパスを処理し、あとでエッジケースを磨けばいい。
    今はプロトタイプのコストが低いのだから、失敗を恐れず試すべきだ。
    LLMが驚くほど効果的な理由もまさにここにある――分析の代わりに即座に実行するからだ。
    結果が完璧でなくても十分使えることは多く、必要なら後で最適化すればいい。
    フレームワークを作る前に、実際のシステムを最低3回は作ってみるべきだ。そうすれば、どこが過剰でどこが不足しているか分かる。

    • ただし、プロトタイプを実製品と勘違いしてはいけない。
      「十分よい」という言葉は自己欺瞞になりうる。
      失敗したプロトタイプは市場がない証拠ではない。ただ何かが足りなかったというサインにすぎない。
  • この記事は、以前の投稿 とほぼ同じメッセージを伝えている。
    以前のHN議論 でも扱われていた。

    • 議論があまりにも似ているので、**重複(dupe)**としてマークすべきなくらいだ。
  • 逆に、ときには**「doing the thing」自体が間違った選択であることもある。
    だから自分は今でも
    デザインドキュメントとコードレビューを重視している。
    GenAIの時代には「計画なしにとりあえずやってみる」があまりに簡単になったので、そのぶん
    釣り合いを取る重り**が必要だ。

    • 今はハッピーパスは簡単になったが、プロトタイプと本番運用の隔たりはむしろ大きくなった。
      非決定性やレイテンシの問題に時間を取られ、結局ユニットエコノミクスを成立させることが本当の課題になる。
  • 『Remains of The Day』では、「the thingについて話すだけのこと」を自己満足的な行為と呼んでいる。
    実際には何も成し遂げていないのに、気分だけよくなる会話で終わることが多い。

  • 一方で、計画や準備、mise-en-placeは実行そのものを助けることがある。

    • ただし、実際に行動に移すときだけ意味がある。分析まひに陥ってはいけない。
    • 人はしばしば計画や議論を**「doing the thing」そのものだと勘違い**する。そこが問題だ。