1 ポイント 投稿者 GN⁺ 2024-04-15 | まだコメントはありません。 | WhatsAppで共有

ノースカロライナの静かな人生

  • Jeremy B. Jones のエッセイで、祖父 Ray Harrell がノースカロライナの山中で静かにこの世を去り、孫である筆者が、一見すると取るに足らないように見える人生の大切さについて書くことを決意する。

祖父 Ray Harrell の人生

  • 1930年代、Cataloochee Valley で8人きょうだいの末っ子として育ち、ヤマネコを避けたり、牛を追ったり、借りたジープを壊したりしながら、活発な子ども時代を過ごした。
  • それから90年後の今年1月20日、静かにこの世を去った。墓石も葬儀もなく、ひっそりと世を去ることが彼の望みだった。
  • 祖母が電話で訃報を伝え、孫に追悼文を書いてほしいと頼む。
  • 10代のころにスクールバスを盗んで先生の車にぶつけたこと、1950年にドイツ駐留中に誤って砲弾を撃ち、空き家を吹き飛ばしてしまったこと、生涯働いた繊維工場で労働組合を率いたことなど、多くの逸話があったが、彼はそうしたことを多くは語らなかった。
  • 彼が望んだのは、ノースカロライナ州 Fruitland で静かに暮らし、娘たちを育て、家のことをすることだった。

静かな人生の価値

  • 追悼文を書きながら、華やかな業績や記念盾もなく、表舞台の裏で静かに生きる人生について何を書けばよいのか悩む。
  • 目立つ人物が亡くなると、その功績や影響力が照らし出されるが、静かな人生は何気なく通り過ぎられてしまう。だが、そうした人生こそが私たちの肌感覚に触れ、朝から夜まで私たちを導き、世界を動かしている。
  • 祖父は、日々の小さなこと、隣人を助けること、危険に陥った人を救うこと、貧しいおいを助けることなどを黙々と実践し、小さな人生を築き上げた。
  • 華やかな個人主義ではなく、「私はここで大丈夫だ」と言って静かに生きる人生こそ、本当に革新的な人生なのだ。

祖父との思い出

  • 最後の1年間、祖父を訪ねるたびに聞いた「私たちは良い人生を生きた」という言葉が本心だったのだと分かる。
  • 祖父から、盗んだスクールバス、壊したジープ、泥にはまらせた牛、朝鮮戦争の時期にドイツでカードゲームで稼いだ金でヨーロッパ旅行をした話、繊維工場で解雇された話などを聞く。
  • 祖父は不正に立ち向かって闘い、労組活動をしながら信念を曲げなかった。静かな人生は受け身の人生ではなく、個人の利益と正義のための闘いを見分けることができた。

祖父との別れ

  • 祖父が亡くなる1か月前、祖母を見て「やあ、かわいいお嬢さん」と言っていた姿が心に残っている。
  • 孫が息子たちを連れて別れのあいさつに行ったとき、祖父は「愛している」と言い残した。
  • 祖父の善行は公式な記録には残っていないかもしれないが、静かで絶え間なく流れる水のように、多くの人に染み渡っていた。

GN⁺ の意見

  • このエッセイは、華やかではないものの、誠実で善い影響を与えながら生きた一人の人生に光を当てています。個人主義が広がり、目立つものばかりが注目される今の時代に、裏で黙々と自分の務めを果たして生きている人が大勢いることを思い出させてくれます。

  • 祖父の人生は、表向きには特別なことはなかったように見えても、家族を愛し、隣人とともにあり、正しいことのために先頭に立った模範となる人生だったように思います。目に見える業績でなくても、私たちのそばにはこうしたありがたい人が多くいることを気づかせてくれる文章です。

  • ただ、筆者の祖父だけでなく、このような静かな英雄たちにももっと光が当たり、記憶されてほしいと思わされます。有名人の人生ももちろん記憶され共有されるべきですが、私たちの身近にいる、感謝すべき平凡な人々の善行も広く知られてほしいものです。

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