ディープテック・スタートアップ創業者に必要な新しいアプローチ
(review.firstround.com)- 一般的なスタートアップ助言はディープテック・スタートアップにはあまり当てはまらない
- 従来の成長指標ではなく、成功と失敗が明確に分かれる 二値的マイルストーン が企業価値を決定する
- ディープテック創業者は既存のスタートアップ助言が通用しない道を歩むことになり、科学・規制・市場の複合的な障害 を乗り越えるための 新しい戦略とコミュニケーション方式 が不可欠である
Loyal創業者 Celine Halioua の事例
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初期の資金調達失敗と反転の始まり
- Celine Halioua は 2022年第4四半期に Series B の調達を試みたが失敗した
- Loyal は犬の寿命延長のための新薬を開発するディープテック系バイオスタートアップである
- 科学的データ、ビジョン、ピッチはいずれも優れていたが、市場タイミングは最悪だった
- SVB破綻などで投資心理が冷え込み、「犬の薬に投資して損をした」と言う勇気のあるVCはいなかった
- 結局、エンジェル投資家とファミリーオフィスから6か月かけて $10M を調達するにとどまった
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たった1枚の承認文書が変えた局面
- 1年後、Loyal の最初の犬向け寿命延長薬が FDAから、初の寿命延長薬の開発可能性に対する公式受理 を得た
- この承認書のおかげで、次の Series B の挑戦では 初日から投資提案書が殺到した
- 以前とは完全に正反対の資金調達体験となった
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ディープテック資金調達の現実: 二値的 milestone の重要性
- ディープテックでは ユーザー数や売上ではなく、FDA承認のような二値的 milestone が価値の中核 である
- LOY-001 の有効性データは承認の1.5年前から持っていたが、「いつ承認されるか」 が明確でなかったため、投資家はそれを価値として見なさなかった
- 有効性の証明は新薬開発で最も難しい段階であり、これを通過すると投資家のデューデリジェンス負担とリスクは急速に下がる
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2つ目の milestone: LOY-002 有効性承認と Series B-2
- 最近では、さまざまなサイズのシニア犬向けチュアブル型新薬 LOY-002 が FDAの2つ目の有効性承認 を受けた
- これに合わせて Series B-2 ラウンドを発表し、累計調達額は $150M 超に拡大した
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創業者としての強み: 柔軟な戦略設計と milestone ベース経営
- Halioua は初期シード段階から徹底した milestone ベース戦略を運用してきた
- 各 milestone に到達したら、次の段階へ向けて資金執行、採用、開発などを進める
- 戦略を固定せず、状況に応じて既存の前提を継続的に見直すアプローチを維持した
市場・チーム・規制がすべて複雑に絡むディープテックの現実
ディープテックの課題 #1: 通用しない既存スタートアップ戦略という逆説
- Loyal は犬の生物学、連邦規制、新薬製造、消費者向けパッケージングなど多様な領域にまたがっている
- コンシューマー市場、バイオテック、ディープテックのどれか一つだけを理解しても Loyal を完全には理解しにくい
- 最終顧客は獣医ではなくペットオーナーであるため、処方は医療システムを通る一方で、マーケティングは消費者向けである
- このように多様な分野が絡み合う事業構造により、バイオテックVCにも消費財VCにも評価しづらい企業 になっている
> 「ディープテック創業者が SaaS スタートアップの助言をそのまま写して使うのは、会社にとって致命的になり得る」 -
解決策: 予想外の分野から着想を得る
- 航空スタートアップ Boom との対話を通じて、シナリオプランニングと milestone ベースの運営方式 を取り入れた
- 資金執行、採用、製品開発などを、特定の milestone 達成可否に応じて進める
- fundraising 戦略も milestone ベースで区分: 現在の状態で調達するか、milestone 達成後に調達するか → それぞれのリスクと期待値を分けて考える
> 各 milestone ごとに3つのシナリオを立て、現実がそのどれか一つに収束したら、その経路に入る
> 目標承認までに日々必要な作業、リスク、取り除ける項目をすべてマッピングする
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解決策: 分野別の専門家を取締役会に配置する
- ディープテックでは各領域の専門性が高いため、あらゆる分野を理解するユニコーン級の助言者を探すより、複数分野の専門家を集めるほうが効果的 である
- Loyal の取締役会は9人規模で、それぞれ異なる専門分野の担当者を含む
- 動物用医薬規制
- ディープテック運営
- バイオ企業ビルディング
- コンシューマーマーケティング
- 例: FDA規制の専門家は、会議中に最初に意見を求めるメンバーとして活用している
- Boom の創業者 Blake Scholl も取締役会メンバーとして参加している
> すべての分野をカバーする一人より、視点を分け合える星座のような取締役会 のほうが効果的である
ディープテックの課題 #2: 予測不能な遅延のドミノ効果
- ディープテックでは 遅延は不可避であり、しばしば予想外の形で発生する
- 例: FDA が予想外の6か月追加試験を要求し、プロジェクト日程に大きな影響が生じる
- こうした遅延は創業者にもチームにも謙虚さを求める
> 「ディープテックをやっていると、奇妙な形で突然遅れることがよくあり、そうした経験は人を謙虚にする」 -
解決策: 意思決定の扉をもう一つ開く — 遅い双方向ドア
- Jeff Bezos の意思決定フレームワーク(一方向ドア/双方向ドア)に基づき、時間・評判・資源に大きなコストがかかる遅い双方向ドア という概念を適用した
- 例: FDA提出は形式上は巻き戻せても、実質的には大きなコストと時間がかかる意思決定である
- こうした意思決定には より多くの熟考と慎重さが必要であり、むしろ素早い実行を警戒する
> 「速く進むことは重視しているが、FDA最終提出だけは必ず追加で1週間かけて見直してから提出する。ミスは大きすぎるし高くつく」
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解決策: 不確実性を前提にしたシナリオベース経営
- Loyal は全社的に「予想外の出来事」をデフォルトと見なし、運営構造を再設計している
- 資金支出計画、削減のタイミング、資金確保シナリオなどを 6か月遅延、12か月遅延 など複数の状況に合わせて細分化している
> 例: 有効性承認パッケージを待っていた当時、数十件の新薬承認経験を持つアドバイザー陣とともに、起こり得るリスクを列挙し、シナリオごとの発生確率を見積もった
> - 40%の確率で起こるイベント、20%の確率で起こるイベントなど
> - どのシナリオに対して 二重のセーフティネットを構築するか を決める
ディープテックの課題 #3: 終わりの見えない資金調達の旅
- ソフトウェア・スタートアップは売上やユーザー数などの指標でリスクを下げ、ある程度のプロダクト・マーケット・フィット(PMF) を示す
- しかしディープテックは FDA承認のような milestone を中心にリスクを除去 していき、その過程には数年を要する
- Loyal は創業5年目で発売1年前の段階に到達したが、それでもディープテック基準ではかなり速いほうである
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解決策: 投資家に新しい思考モデルを提供し、成功確率ベースでコミュニケーションする
- ディープテックでは「市場は大きいか?」よりも「FDA承認を得られるか?」が中核リスクである
- いまだに市場規模(TAM)を問題視する投資家もいるが、Halioua はそれが論点ではないと強調する
- 例: Apoquel は年商 $8億、Farmer’s Dog は年商 $10億超
- Loyal は約10年間の連邦独占権も確保可能である
- 科学的進展を、投資家が理解できる「確率的成功モデル」に再解釈して伝える 必要がある
> 「ソフトウェアでは投資家は何を見るべきかをよく分かっている。ディープテックではそれを私たちが教育しなければならない」 - 新しい投資フレームワーク: 各資金調達は FDA承認確率が上がった時点 に合わせて行う
- 例: 「私たちは今この段階にいる → 承認を得るために必要な条件 → 現在との差分 → 失敗可能性 → 成功可能性 → なぜ成功すると見ているか → 投資ディスカウント要因」
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解決策: 伝統的VC以外の新しい投資先を開拓する
- 初期の Series B は伝統的VCではなく、個人の超富裕層(HNWI)とファミリーオフィス を通じて $10M を調達した
- この資金が後続の Bain 投資調達の土台になった
- このプロセスは非常に時間を要するが、市場が不安定な時期にも 代替的な投資ルートを通じて生存可能性を確保 できる
> 「世の中にはお金がたくさんある。狂ったように時間をかければ資金は調達できる。みんなが知っているVCだけにこだわる必要はない」 - ファミリーオフィスとは 信頼ベースの関係構築が核心 であり、単なる取引ではなく長期的な対話と理解が必要である
ディープテックの課題 #4: 二値的結果の落とし穴
- ソフトウェア・スタートアップは反復(iteration)によって改善できるが、新薬開発はそうではない
- 規制が厳しいため、発売の何年も前から製品が固定される → 薬が効かなければ最初からやり直さなければならない
- Halioua は「生物学にはすでに定まった真実が存在し、創業者はそれをできるだけ早く明らかにしなければならない」と表現する
> 「ディープテックでは、どれだけ努力しても駄目なものがある。反復や実験で無理やり解決することはできない」 -
解決策: 大小のバックアップ戦略を構築する
- 初期から 複数製品開発戦略 を導入し、失敗時に代替製品が存在するよう設計した
- 例: 現在の主力薬 LOY-002 は LOY-001 の後に開発を始めたが、結果的にはより早く成果が出た
- LOY-001 が失敗する可能性に備えた リスクヘッジ手段 となり、初期の資源不足の中でも複数製品戦略を守ったことが大きく役立った
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解決策: 実験設計でも失敗に備える
- STAY 研究(1,000匹の犬を対象とした寿命研究)は 5年間で一つの二値的結果に帰着する実験 である
- 成功可否だけでなく、その結果が実行の問題なのか、アプローチ自体の失敗なのかを区別するため、設計にさまざまな 冗長要素 を含めた
- 例: 4年目ボーナス設計、病院選定基準の強化、参加者募集の二重化など
> 「技術的に複雑なことをやるとき、機会は無数にある。集中力を保ちながらも、新しい機会を追える余地を残さなければならない」
- 例: 4年目ボーナス設計、病院選定基準の強化、参加者募集の二重化など
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解決策: 学習機会を構造的に設計する
- 初期の Healthspan Study は 子犬の老化バイオマーカー測定のための組織的な学習プロジェクト だった
- 当初は単純なパイロットだったが、その後あらゆる FDA 提出の 中核データソース として活用された
- 当時は分からずにやっていたが、余剰資源を投入して学習用インフラを確保したことが、後に大きな資産になった
> 「ディープテックでは集中力も重要だが、情報探索の余地も必要だ。何が重要になるかは予測できない」
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反例: 学習に対して成果が乏しかった事例
- X-Thousand Dogs プロジェクト: 唾液を使って犬の生物学的年齢を測定しようとした実験
- DNAキット無償提供、検証、AWS インフラ構築などに多額の資金を投じたが、実質的なインサイトは乏しかった
- Healthspan Study よりはるかに多くの資金がかかったが、学べたことは少なかった
> 実験の価値は事後的にしか分からず、結果に対する資源効率が常に保証されるわけではない
ディープテックの課題 #5: 創業者の感情的な綱渡り
- ディープテック創業者は 不可能に挑む素朴な楽観主義 と 絶え間ない悲観的な現実判断 を同時に保たなければならない
- 長い開発サイクルと頻繁な失敗の中でも希望を保ちつつ、常にリスクを予測して備える必要がある
> 「FDA承認を受ける寿命延長薬を作るのがこんなに難しいと分かっていたら、そもそも始めなかっただろう」 -
解決策: 方法ではなくミッションに感情的に執着せよ
- 戦略や技術的アプローチよりも 究極的なミッションに感情的に執着すること が重要である
- Halioua の場合: 「FDA承認を受けた最初の寿命延長薬を作ること」がミッション
- 技術的アプローチはいつでも変えられる
- 例: 当初は IGF-1 を抑制する遺伝子治療が答えだと考えていたが、チームの反論を受けてアプローチを変更した
- 結果として「大型犬 + 短命」戦略は正しく、「遺伝子治療」は間違っていた
> 「客観的データが出る前に、特定の方法に感情的にしがみついてはいけない」
- Halioua は自分が間違っている可能性を常に開いている
- むしろ「自分は間違っていると仮定する」という姿勢で向き合う
- 不安や疑いが生じたら避けずに、すぐその方向に深く入り込んで検証する
> 「私は自我を方法ではなく目標にだけ結びつけている。間違いを認めるのはまったく問題ではない。むしろ早く見つけることが重要だ」
- 戦略や技術的アプローチよりも 究極的なミッションに感情的に執着すること が重要である
ディープテックの課題 #6: 『ハンマーと釘』採用の罠
- ディープテック・スタートアップは 高度な技術専門性を持つ人材 を必要とするが、狭すぎる専門性はむしろリスクになり得る
- 特定の問題に何年も没頭してきた博士人材は、自分のアプローチに感情的に執着 しがちな傾向がある
- こうした思考様式は、あらゆる問題を 自分の道具で解こうとする『ハンマーと釘』パターン につながる
> 「多くのバイオテック創業者が博士課程修了直後にそのまま起業して失敗する理由はこれだ」
- こうした思考様式は、あらゆる問題を 自分の道具で解こうとする『ハンマーと釘』パターン につながる
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解決策: ドメインより思考プロセス中心の採用
- しっかりした思考体系を持つ人材は、未知の分野にも素早く適応できる
- 実際、Loyal の初期科学チームは大半が 神経科学専攻 だったが、犬の寿命とは直接関係がなかった
- 神経科学は複雑で不確実性が高いため、それを研究した人材は 深い分析力と柔軟な思考 を備えている
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採用時にこうした思考力をどう見極めるか?
- 面接質問のレベルが核心 である
- 候補者がどんな質問を投げるか、既存の論理にどう挑戦し、思考を広げるかを観察する
- 理解の深さテスト
- 応募者が行っていた研究やプロジェクトの特定部分を選び、『アトム(原子)』レベルまで掘り下げる
- 一定の段階で止まる人も多いが、優れた人材は さらに掘り下げ続けられる
> 「本当に優れた科学者なら、面接中に私を評価するほど思考力が高くなければならない」
- 面接質問のレベルが核心 である
ディープテックの課題 #7: 技術的な言語障壁と信頼のギャップ
- ディープテック・スタートアップは 投資家が直接評価しにくい技術 を扱うため、信頼を得るハードルが存在する
- 「なぜ自分だけこんなに多くのプロセスを経なければならないのか?」という不満が生まれ得る
- さらに資金調達後であっても 取締役会運営やコミュニケーションがより難しくなることがある
- 複雑な技術説明や戦略的ロジック展開が必要な場面が繰り返される
> 「最初の取締役会は、誰かが『自分が見た中で最悪の会議だ』と言うほどだった。それでも今は少なくとも『まとも』なレベルにはなったと思う」
- 複雑な技術説明や戦略的ロジック展開が必要な場面が繰り返される
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解決策: 極端な透明性
- 問題やミスについて 即座に、包み隠さず共有すること が信頼構築への近道である
- 例: FDA遅延の通知を受けると、1時間以内に投資家へ直接知らせた
- 取り繕ったり言い訳したりせず、「こういうことが起きており、解決策を探っている」 とそのまま共有する
- ミスを認めることも重要な文化として根付いている
- 幹部解雇時にも投資家に詳細なメールを送る
- チームの前で誤った採用判断について自ら謝罪する
> 「複雑な技術を一人で背負う創業者だからこそ、自分が何を考えているかを 『ばかげているほど透明に』共有しなければならない と思っている」
- 問題やミスについて 即座に、包み隠さず共有すること が信頼構築への近道である
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解決策: 一貫したコミュニケーション形式を適用する
- 取締役会に技術を説明するときは、すべてを教えようとするのではなく、一貫した構造で要約すること が核心である
- Halioua のフォーマット:
- 前回会議で話した計画
- 現在の状態
- 両者の差分
- 変化の理由
- 各会議の冒頭で前回会議の主要 follow-up 項目を確認する:
- 「2番はやらないことに決め、その理由はこうで / 3番は完了し、結果はこうだった」
- 重要な milestone(例: FDA承認日程)は リスク等級まで含めて繰り返し説明する
- 「前回会議時点の想定日 → 現在の想定日 → 変わった理由 → ボトルネック区間 → 高/中/低リスク」
> 「人が覚えていてくれると期待してはいけない。フレームワーク、進捗、変化、リスクを繰り返し伝えるのが基本だ」
- 「前回会議時点の想定日 → 現在の想定日 → 変わった理由 → ボトルネック区間 → 高/中/低リスク」
ディープテックの利点: 挑戦を『参入障壁』に変える力
- Sam Altman のブログが語るように、難しいことをやるほうが、むしろ簡単な道になることがある
- Loyal の場合、ディープテックを選んだことで 人々の関心と情熱、メディアの注目、人材流入などで巨大なハロー効果 を享受している
- ほぼ100%に近い採用承諾率
- WIRED、ニューヨーク・タイムズ、WSJ など主要メディアで紹介
- 人々が「犬の寿命延長」というテーマに感情的につながる
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ディープテックならではの参入障壁(Moats)
- 特許、連邦政府のインセンティブ、コア人材などさまざまある
- だが最も強力な参入障壁は 『時間そのもの』 である
- 生物学ベースのディープテックは物理的に一定の時間が必ず必要である
- 例: 動物用新薬では、FDA の技術セクション提出ごとに レビュー期間が6か月固定 である
- これはスタートアップにも Zoetis のような70兆ウォン規模の企業にも同じように適用される
- お金では解決できない時間という要素がスタートアップに有利に働く
> 「私は何年も前から、この薬は最終的に承認されると確信していた。本当の問題は『どれだけ長くかかるか』だった」
- 現在も milestone に向けたマラソンは続いているが、5年以上の時間が流れた今、実りは近づいている
> 「難しいからこそ競争が少なく、それがそのまま機会になる」という逆説的な利点
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ディープテックでなくても、韓国では特にフィンテックのような政府規制の対象となる企業がそうだと思います。