実際、ビッグデータなどの技術で問題解決にかなり貢献しているのではないですか。

 

気候変動、疾病の治療、持続可能な食料供給の確保といった複雑な問題を解決する上でも、ソフトウェア技術は重要です。今後はさらに重要になるでしょう。なぜそれをまったく別の問題であるかのように語るのか、よく理解できません。

 

サーバーレスコンテナサービスでも同じ意見なんでしょうか

従来のサーバーレスサービス(lambdaのようなもの)の問題のために、AWSがFargateを作り、さらにもっと簡単なApp Runnerまで作ったのに 🤔

しかも Google Cloud には、scale to zero の超優秀なサーバーレスコンテナサービスである Cloud Run まであるわけで

この中では個人的に Cloud Run がいちばん開発体験が良かったです

 

ありがとうございます!

 

> 私は2024年3月に大田にあるKAISTでTSPの講義を行う予定で、大田TSPツアー向けの地域データセットを探していました。2023年12月、オム・サンイル博士から「警察庁が作成した全国の酒場データセットが必要ですか? 最新ファイルは1,000ウォンで、90,680件の項目があります」とメールが届きました。すごい。1,000ウォンが1ドル未満かどうかをまず確認し(為替レートが逆になっていないか確認しておいてよかったです)、それから「ありがとうございます!」と返信しました。

https://www.math.uwaterloo.ca/tsp/korea/sk_data.html

 

サーバーレス(サーバーはある)

 

ターミナルをいっそOSの一部として組み込むということですかね。もうTermuxを使わなくてもよさそうです。

 

下に良い言葉があったので、ここにも残しておきます。

製造業と直接比較することに意味はあるのでしょうか。産業の高度化がまだ十分ではないという観点から、その比較対象は製造業に見えるのだと思います。製造業のパラダイムでソフトウェア業界を理解しようとすると、手工業や趣味の開発のように見えるかもしれませんが、逆にこうした部分こそがソフトウェア開発ならではの柔軟で創造的な文化を生み出し、それを足がかりに成長しているのだと思います。

 

もう一つ言うと、SWも分野は広いです。早く習得してできる仕事もあれば、専門性を土台にしなければならない仕事もあります。自分の経験がすべてだと思わないでください。それも傲慢ですから。

 

いつも楽しく拝読しています。

 

先ほど述べたように、SWエンジニアの待遇が変わったのは、その仕事が大変で難しいからではありません。それは主観的な感情であって、そうしたものが職業の待遇を決めるわけではありませんよね。他のコメントにもあるように、ソフトウェアの重要性は高まり、多くのインフラを支えています。各開発者の能力が上がったから報酬が増えているのではなく、単に仕事そのものが高価になったのだと思います。以前より重要になったからです。ここで、その仕事が大変かどうかはそれほど重要な問題ではありません。
あなたにとって簡単な仕事が誰かにとっては難しい仕事になることもあるし、他の人には簡単な仕事があなたにとっては難しいこともあります。あなたの言っていることはすべて主観的です。繰り返しますが、大変で難しいというのは主観的な感情であって、そうしたものが職業の待遇を決めるわけではありません。偉ぶるなと言いますが、主観的な話で偉そうにしているのはあなたのほうですね。

 

幸運にも、他の人と違ってこの仕事を嫌がらない考え方と教育の機会を得られたからといって、そこに大した意味づけをしないでほしいですね。<-世の中にそうでない職業なんてありますか? こういうのは、謙遜を誇張した見下しです。

 

料理学校で数か月学んだあとにシェフとして就職したからといって、その人を私たちは専門家だと言うのでしょうか? 専門家かどうかは、経験を積んでから評価するものですよね。

 

単にできることと、仕事を見つけて報酬を受け取りながら働けることは、まったく別ですよね。その分野について完全に無知な人が短期教育を受けて、まともな仕事を得るのは簡単ではありません。(ここで言う無知とは、数学・産業工学・電子工学などの関連理工系出身だがSWの知識がない人のことではなく、エンジニアリングの基礎そのものがない人を指します。)料理や絵も、短期で数か月学べばできるようにはなります。でも、それでまともな仕事を得るのは簡単でしょうか?

 

理工系で、部屋にこもってネットを少し見て独学しただけで、(うまくいけば)数か月で現場に投入できる専門家になれる分野なんてあるんですか? <- どんな分野であれ、こういうエントリーレベルの求職者を専門家だとは誰も言いません。文章にたわごとが多すぎて、指摘すべき点がたくさんあります。

 

そしてもちろん、他の人にはない優れた手先の器用さを持つ人は尊重されて当然ですが、少しばかりその器用さを磨いたからといって、若い頃に身につけた器用さだけで一生食べていけたらいいのになぜそうはいかないのだろう、自分はこんなに優れた器用さを持っているのだから他の人のように苦労して働かなくていいのではないか、自分は他の人には簡単にできないすごい才能を持っているのではないか、などといった「特別な自分」に酔うのは傲慢に近いことではないかと思います。 <- 原論としては正しい話ですが、エンジニアや科学者に対してだけやたらとこういう物差しを当てる人が 多く見受けられますね。謙虚さを誇張した見下しに見えます。

 

こちらの業界が学位などのスペックを比較的重視しないのは、簡単だからというより、オープンソース文化などの影響のほうが大きいですね。そもそも権威を嫌う気質を持つ業界なので。

 

似たようなものだと思います。コンピューターや検索エンジンが登場する前は、百科事典級の知識を持つ人を万物博士と称賛し、常識を積み上げることに努める人も多かったですが、現在では自己満足のレベルにまで減りましたよね。AIもまた、優れた人に対する定義を変えるようになるかもしれないと思います。

 

parkindani そうですね。単にできることと、仕事を見つけて報酬を得ながら働けることは、まったく別です。その分野について完全に無知な人が短期の教育を受けて、まともな仕事を得るのは簡単ではありません。(ここでいう無知とは、数学・産業工学・電子工学など関連する理工系の出身だがSWの知識がない人を指すのではなく、そもそもエンジニアリングのベースがない人を指します。)料理や絵も、短期で数か月学べばできるようにはなります。ですが、それでまともな仕事を見つけるのは簡単でしょうか?

 

なぜなら、それは主観的な感情であり、それで職業の待遇が決まったことはないからです。それが判断基準なら、肉体労働をしている人たちが最も厚遇されていたでしょう。