- 父が残した8,000〜10,000枚のスライドをスキャンしてみると、長く残る家族写真は観光地そのものよりも、人や関係性、日常の文脈を写した記録に近かった
- 約1年をかけて、ぼやけた写真、誰なのかわからない人物、ありふれた観光写真をふるい落とし、24〜36枚入りの箱1つから家族に共有するのは通常8枚ほどだった
- 写真保存の核心はスキャンそのものよりも日付・場所・人物の特定にあり、看板や短いメモが数十年後に文脈をよみがえらせる手がかりになった
- 家族が最も大切にした写真は、ポーズを取った記念写真よりも、一緒に何かをしている場面、笑ったりふざけたりする瞬間、休んでいる姿、仕事や職業といった日常の記録だった
- 後世に残す写真を撮るなら、特別な行事だけを記録するのではなく、撮影者自身もフレームに入れ、基本的な構図やトリミングを意識した撮影品質まで気を配るべきだとわかった
8,000〜10,000枚のスライド保存プロジェクト
- 父は熱心なアマチュア写真家で、高価なカメラにも投資していたが、撮影後にスライドを整理したりラベルを付けたりはしていなかった
- 退職後に整理するつもりでスライドを大きな箱5つに入れていたが、1988年の正式退職から3日後、眠っている間に亡くなった
- スライドは母が保管していたが、母が assisted living に移った後は姉妹のガレージに移され、母の死後に自分のもとへ渡ってきた
- 作業対象は家族のスライド8,000〜10,000枚全体で、媒体がさらに傷む前に写真を保存することが目的だった
- 一部の Ektachrome 写真は Kodachrome より安価だったが、多くの画像がかすかに色あせていた
- 記憶も一緒に失われ、写真の人物がいとこの Charlotte なのかどうかさえわからないことがあった
作業方法とツール
- 手動スキャナーでは不十分だと判断し、Canon CanoScan 9000Fを購入してスライドを処理した
- プロジェクトは約1年にわたり、日常の裏作業のように続いた
- 朝のメールを読んでいる間にスライド1箱をスキャンした
- 遅いWebサイトが統計を読み込む間に画像を整理し、共有した
- 週末には通常スライド5〜6箱を処理した
- 1箱を処理するときは、感情的な選別に近い工程を踏んだ
- スライドをデスクランプの前にかざして大まかに確認し、ぼやけたものや興味のない人物が写った写真は捨てた
- ロンドン塔や山の上の夕焼けのように、誰でも撮れて今も似た写真がある観光写真はスキャンしなかった
- 面白そうなスライドはすばやくプレビュー・スキャンし、複数枚の中から最もよい画像を選んだ
- 最終スキャン段階に進んだ画像は基本的に保存し、兄弟姉妹と共有する写真になった
- 24〜36枚入りのスライド1箱から、兄弟姉妹と共有するのは通常約8枚だった
- プロジェクト終了までに兄弟姉妹へ2,800枚を共有し、Facebook には数百枚を投稿した
整理、補正、共有
- 画像の整理と補正にはiPhotoを使った
- 専用フォルダに画像を分類した
- 98%の画像はトリミング、水平補正、「Enhance」ボタンで処理した
- 一部の特別な画像だけ PhotoShop を使った
- 日付と場所を画像メタデータに追加した
- 家族との共有にはFlickrを活用した
- 友人と家族に指定した人だけに共有を制限できる
- 閲覧者が写真にコメントを付けられる
- タグを追加すると検索できる
- 後半には非公開の Facebook グループも作った
- 兄弟姉妹だけでなく、いとこたちとも共有できた
- 検索機能は弱かったが、動画共有や親族同士の会話を促すのには有用だった
- 一般向けのオンライン共有用には、Facebook に Old Family Photos アルバムを作った
- 家族のプライバシーへの配慮は必要だが、家族史の写真が他人にも反応を引き起こしうることも確認した
5つの箱に詰まった家族の時間
- 最も古いスライドロールは1941年ごろの両親の婚約パーティーで、その後に1942年の新婚旅行の写真が続いた
- 何千枚ものスライドは1980年代まで続き、父が亡くなる2か月前に開かれた Family Circle の集まりも含まれていた
- 大きな箱の中には、約100本の8mm映像フィルムが入った靴箱2つもあった
- 映像は1920年代までさかのぼるが、主に1950年代のキャンプ旅行を記録していた
- iMemories がデジタル化作業をうまく処理してくれた
- 写真の大半は、日常よりも家族旅行や特別な行事に集中していた
- 1950〜1960年代初期の休暇は主にキャンプ旅行だった
- 後になると、子どもたちが家を出て余裕ができ、ヨーロッパ旅行の写真が増えた
- キャンプ場やボーイスカウトの旅の向こうに、幼い子ども3人を育てていた若い夫婦の奮闘や疲れも見えてきた
長く残る写真を作るための教訓
- 看板の写真は、時間がたってから大きな手がかりになる
- 道路標識や National Park の入口の前で撮った写真は、当時は野暮ったく感じられても、数十年後には場所を特定する助けになった
- 「Sep 83」のような日付だけでは、海辺なのか庭なのかキャンプ場なのか山並みなのかを区別しにくい
- 「Mystic Seaport」や「Underground tours」といった看板のそばの写真は、場所をすぐに教えてくれる
- ラベルは写真の生命力を延ばす
- 「1955 Nova Scotia」や祖父の名前のような数語だけでも、いつどこで何があったのかがわかる
- 1950年代の家族の集まりの写真で、複数の人物が誰かわからない状況はとりわけつらい経験だった
- 写真を受け継いだなら、自分には明らかな人物でも次の人がわかるとは思わず、識別情報を残すべきだ
- 誰でも撮れる観光写真は長く記憶される可能性が低い
- 旅行当事者にとってはポルトガルの海辺の写真が当時の体験を思い出させるかもしれない
- しかし、その場にいなかった人には同じ郷愁を与えない
- Eiffel Tower のような有名観光地の写真は今日と大きく変わらず、スキャンする理由があまりなかった
- 人の写真が最も重要
- ポーズを取って横一列に並んだ正式な記念写真よりも、ふざけたり笑ったり、一緒に何かをしている場面のほうが家族を強く結びつける
- テントを張る、水ポンプを使う、旅行のために車に荷物を積むといった瞬間は特に貴重だった
- 「母が Thanksgiving の夕食を作る過程」や「父が子どもたちを petting zoo に連れて行く過程」のように、ひとつの流れを写真エッセイのように残すのがよい
- できあがった七面鳥を食卓に出す瞬間だけでなく、祖父が来る前に急いで口紅を塗る姿や、帰りの車で眠ってしまった子どもたちも含められる
- 家族写真として長く見返しにくい場面もある
- 泳いでいる人は魅力的にも興味深くも写りにくいと考えている
- スイムキャップをかぶってビーチタオルに座る姿も、たいていよい写真にはなりにくい
- 豪華な夕食であっても、食事中の人を撮るのは避けたほうがよい
- 空港ゲートに着いたばかりで疲れ切った旅行者を撮るのも、よい考えではなかった
日常と撮影者、基本を残す
- 家族写真を特別な行事だけに限定しないほうがよい
- 両親の職業を示す写真が1枚もなかった
- 会社のピクニックに行かなくても、「娘を職場に連れて行った日」「母が報告書をタイプしている様子」「働いていた建物」「10年間一緒に通勤した同僚」のような写真は撮れたはずだった
- 両親はそれぞれのキャリアに情熱を持っていたが、その人生は写真には残っていなかった
- 人のいつもの姿も記録する必要がある
- 子どものころはよく手紙を書いていたが、ペンを持つ写真はサマーキャンプで友人が撮ってくれた1枚しかなかった
- 友人や家族は、本やペンがいつもそばにある姿を覚えていたが、父はその本質的な姿を残していなかった
- 写真家自身も写真に入るべきだ
- 父はいつもカメラの後ろにいたため、父が写った写真はほとんどなかった
- 誰かに頼んで撮ってもらった写真は、「Grand Canyon の前の母と父」のように、ほとんどがポーズ写真だった
- 基本的な写真教育にも価値がある
- 写真は好きだったが正式な教育は受けておらず、後になって単純な三分割構図に合わせるため、多くの編集時間をトリミングに費やすことになった
- 「美しい風景の前の母」という写真でも、長い目で見れば背景の山並みより母の表情のほうが重要だった
- iPhoto で拡大はできても、多くのディテールは失われていた
- 後世に記憶してほしいなら、ただ瞬間を撮るだけで終わらせず、文脈・行動・品質も一緒に残すことが、より長く保存される家族の記録になる
1件のコメント
Hacker Newsのコメント
家族写真には2種類ある。まだ生きている人たちと一緒に見る写真と、誰かを思い出し、恋しく思わせてくれる写真だ。
前者はよくある家族の集合写真で、ポーズを取ったものが多い。後者は、写っている人がカメラを意識していないまま、周りの人がその人を大切に思う理由になっていることをしている写真だ。家族の機器を直している姿、アイロンがけ・料理・疲れた表情・本を読んであげている姿といった日常の写真こそが、結局残る。親や大切な親族が日常を過ごし、自分の仕事をしている姿を撮っておくと、典型的な集合写真よりはるかに心を動かし、刺激を与えてくれる。
家族のネガを全部スキャンしたこともあるが、1コマをスキャンして色補正する時間は、本当にごく少数の画像にだけ使いたいと思った。うちの家族写真には、これといった特徴のないトウモロコシ畑や国立公園のビジターセンターのような旅行スナップ、そして子どもたちが無理やり撮られた人質写真が多かった。フィルム撮影は独学だったが、本当の学びは地元の暗室から来た。優れた写真家たちが光を使い、世界を見る方法を、現像の過程と成果物から学んだ。写真もほかのことと同じで、かけた分だけ返ってくる。子どもたちと次の世代のためには、AIの計算補正セルフィーや子どもの頭の上だけが写ったスナップだけを残すのではなく、光とは何かを学び、自然な写真を撮る努力が必要だ。
子どもたちはもちろんかわいいし、スナップもたくさんあるが、「ああ、あのテレビを使っていた時期だったな」「あの部屋にはまだカーペットがあったんだ」「木が本当に小さかったな」「オウムのあのうるさい声、20年以上ずっとああだったのか」といったことのほうが強く迫ってくる。大切なのは被写体ではなく、その周囲の文脈だ。
ところが、その風景の中に友人や家族がいると、記憶に残る度合いが1000倍くらい大きくなる。ポーズを取らず、ただフレームの中にいるだけでも、ポーズ写真より強力なことがある。
いちばん好きなのはBruce Springsteenがオートバイに座っている写真なので、一度再現してみようと思っている。Keith Richardsの写真もいくつも見たが、ハンサムな人ではないのに、写真は信じられないほど格好いい。
成長する過程で、写真を含めてすべてを失ったことがあるので、大人になってからは写真や映像を残すことが重要になった。
今59歳だが、1990年代から家族行事をVHSで撮り始めた。大きなカムコーダーを持って歩き回り、「インタビュー」をしたり、自然に会話しようとしたりもしたが、うまくいかなかった。三脚に据えて、両親や人々が話している様子をただずっと録画したこともある。この1年でそれらのテープからDVDを何十枚もリッピングし、最近2週間でffmpegを使ってmp4に変換し、SDドライブに入れて電子フォトフレームに挿した。今ではリビングで30〜40時間分の家族の記憶TVがずっと再生されている。30年前にすでに亡くなった人たちや、今では自分の子どもを持つ大人になった人たちを見る感覚は、言葉では説明しがたい。
携帯電話やソーシャルメディアに録画していなくて本当によかった。こういうプロジェクトをやるためにいくつもの閉じたエコシステムを突破して回る必要があったなら、忍耐力も時間も持たなかっただろう。最高の映像は、質問を投げかけ、全員が何か芸術的なことをやってみる「家族インタビューショー」だった。毎年やっておけばよかったと思う。2番目はカメラを据えてただ回した映像、3番目は、これから生まれる赤ちゃんの超音波を見る場面のような、二度と起こらないことを家族がしている映像だ。最悪なのは、当時は興味深かったが、今ではオンラインで数秒で見つけられるものを撮った映像や写真だった。音声による解説がなければ、ほとんど意味がなかった。
構成が気になる。映像はリビングでずっと再生されているのか、それとも人がいるときだけオンになるのか、音は消しているのか、それとも小さく流しているのか知りたい。
子どもたちが成長した今では分かる。イルカはGoogleで見つけられるが、上の子が初めてイルカを見たときの反応はGoogleでは見つけられない。
良いヒントが多い。写真の話が中心なのは分かるが、動画も忘れてはいけない
写真を撮るのが好きで、特に被写体について何かを浮かび上がらせる自然な瞬間を捉えたポートレートや、キャンプファイヤーの周りでの長時間露光、裏庭で遊ぶ子どもたちを浅い被写界深度で撮る写真のような、技術的に難しい写真が好きだ。家族の「良い」写真もかなりたくさん撮ったと思う。だが実際にいちばんよく見返すのは、家族がただ日々を過ごしている様子を撮った、低画質で編集も粗い短い動画だ。以前は、仕上がりをコントロールしにくく「良く」見えないという理由で動画を避けていたが、今デジタルアルバムをめくっていると、もっと動画を撮っておけばよかったと思う。粗い動画1本が良い写真より多くのものを収めていることもあり、最近はずっと多く動画を撮るようになった
ほぼ3年間持っているおもちゃの中で最も長持ちしているものの一つで、疑いなく最も意味のあるおもちゃだ。「子どもの目で世界を見る」という言葉に、まったく新しい意味を与えてくれる
100年を少し超える家族資料をスキャンする中で直面した関連問題がある。良い写真アーカイブソフトウェアがない
「当然ある」と答えようとする人は少し待ってほしい。おそらく問題を正しく理解していないのかもしれない。良いアーカイブソフトウェアなら、25年後にも読める形式で写真を維持できるようにすべきで、どこかの会社が営業やサービス提供を続けるという前提に依存してはならない。同じ写真を複数の形式で保存できる必要があり、ファイルの日付やEXIFの日付とは別の日付を指定でき、年だけしか分からない、あるいは期間として表現される不確かな日付もサポートすべきだ。スキャンした紙焼き写真の表裏や、大判写真を24枚に分けてスキャンしてから結合した成果物のように、複数のファイルが1つの「画像」に属する場合もサポートする必要がある。これらすべての情報は、ソフトウェアがなくてもファイルシステムなどから復元可能な形で保存されるべきだ
何年もさまざまな解決策を試し、その大半にひどい目に遭った。最近ではAppleがApertureを終了したが、Apertureはこれらの要件の大半をかなりうまく処理していた。今は自分でソフトウェアを書くことにかなり気持ちが傾いている。「ただファイルとして保存せよ」という答えはもちろん正しいが、十分な答えではない。基本的な配管の上に、検索、見やすい視覚的アクセス、そのほかの便利機能が必要だ
オープンソースなので会社が閉じることを心配する必要がなく、求めているもののかなりの部分を処理できる。研究写真の整理と管理のために設計されているが、アーカイブ目的にもかなり合う機能がある。メタデータはJSON-LDで保存されるため、Tropyがなくなってもロックインされず、元ファイルも変更しない。カスタム日付、「circa 1920」のような不正確な日付や期間、ほかのメタデータフィールドを入れられ、EXIFやファイルのタイムスタンプに縛られない。写真の表裏や大きなスキャン画像の断片のように複数の画像を1つの「項目」にまとめられ、タグ・カテゴリ・検索インターフェースもあるので、フォルダに放り込んでおくよりはるかに使いやすい
photosというディレクトリ内のJPEGだ。たまに日付別のサブディレクトリもあり、コンピュータをバックアップするようにバックアップしている本当の耐久性が欲しいなら、最小公分母を受け入れなければならない。Software Xでしか使えない珍しい機能は、結局Software Xに縛りつける。アーカイブ資料をSoftware Xより長く生き残らせたいなら、そうした機能なしで行くべきだ
multiple files as part of the same "image"ではないかもしれないが、要件の大半は満たしているすべてをローカルに保存し、フォルダ構造を維持し、すべてのメタデータは補助XMLファイルに入る。複数種類の「日付」の概念も許容する。関係者ではなく、満足して使っているユーザーだ
yyyy/mmフォルダ構造のJPGとEXIFメタデータだ。理想的な形ではないことは分かっているが、今後もサポートされる可能性が高く、プラットフォーム中立で、メタデータタグを検索できるアプリも多いただ、以前はイベント、場所、人物をこまめにタグ付けしていたが、作業量が多すぎた。一括タグ付けや自動タグ付けツールがあるとよいが、元画像のEXIFに書き戻す必要がある
両親が亡くなった後、私たちの家族も似たような過程を経験し、実際に人々が平凡なことをしている写真こそ、私たちが共有し楽しむ写真になった
Grand Canyonは1955年でも今でも同じように見える力があるので、そうした写真は捨てた。写真アルバム5箱を見て回り、残す写真だけを切り出して年とテーマ別に整理し、デジタル化に出した。一人の人生をよく撮れた写真で長く見つめた後に得られる経験やヒントが文章としてまとめられていて、うれしかった
許可を得て写真を撮り始め、そのまま撮り続けていると、たいていの場合、被写体はやがて慣れて、また自然に振る舞うようになる。写真を撮るコストは時間以外にかからないのだから、とにかくシャッターを押し続けるべきだ。露出のたびに、いい写真が生まれるチャンスがある
家族写真でいちばん重要なのは、写真に写っている全員の本名のフルネームを残すことだ。「お母さん」や「Lucy」ではなく、1世代か2世代あとの誰かが、実際に誰が誰なのか理解できる名前でなければならない。妻側の家族アルバムにはそれがあったが、写真がアルバムから剥がされるにつれて文脈がすべて失われてしまった。できる限り自分の写真のすべての顔にタグ付けしているので、いつか子どもにとって役立つ資料になることを願っている
うちの母は行事やちょっとした外出のとき、まず人の写真を撮る人なのだが、連写の重要性をあまり理解していない。完璧な構図と全員のいちばん写りのいい表情を合わせてから1枚だけ撮り、誰かが少し目を閉じていると、また元の位置に戻るように言う。だが、いちばんよくて記憶に残る写真は、人々がカメラを見て笑っている写真ではなく、楽しんでいることに夢中でカメラを意識せず、完璧なモデルのポーズを取っていない瞬間だ。10枚撮って9枚消すだけで済めば、運がいいほうだ
私はどこにも投稿せず、小さなグループチャットに送る程度にしかできないのに、カメラを見ると多くの人が本能的に気にしてしまう。だから自然な写真を撮ろうとすると、人々が意識したり、不快に思ったり、いら立ったりすることがある。あとになればその写真に感謝してくれるし、実際よくそうなるのだが、最初の反応を乗り越えるのが難しい。こうしたスレッドは助けになり、動機づけにもなった。あとで家族に、なぜこんなにたくさん写真を撮るのか、見た目についてそんなにストレスを感じなくてもいいのかを説明するときの参考にしたい
何年も変わっていないように見える物の写真までスキャンする手間を減らしたい気持ちはわかる。だが個人的には、そうした写真が面白い
昔の広場や通りの写真を見て、何がどれだけ変わり、何がどれだけそのままなのかを見るのが好きだ。見る人によるだろうが、私の子どもたちには、自分たちが中心ではないという理由で、数百枚、数千枚の物の写真を捨てる必要を感じてほしくない。ただし、演出しない写真の動機については100%同意する。子どもの写真を長年たくさん撮ってきたし、ほかの人たちからも自分の子どもをそう撮ってほしいと頼まれた。なぜ写真がよく見えるのかと聞かれると、いつも2つの秘密を話していた。第一に、子どもと同じ目線まで下がること。親はたいてい上から見下ろすように撮るが、そうすると自分の目で見た場面の記録のように見える。ほかの子どもが見るように子どもを見る低い視点のほうが魅力的だ。第二に、演出せず、面白い瞬間を捉えること。隠れて待つ必要があるかもしれないし、その人をよく知っていれば、特定の感情が顔に出る瞬間を察知できるようになる。演出写真ではそれは得られない。集合写真ではこれをやるのがだんだん難しくなり、子どもたちが成長するにつれてカメラをより意識するようになる
フィルムの封筒や写真そのものに書かれていた文字以外はタグ付けしなかった。それほど大仕事でもない。誰かが本当に必要なら有料で代わりにやってもいいが、ものすごく難しいわけではない。静的ギャラリーサイトも含めて100GBで、現在はGlacierと2台のNASに保管している
エッフェル塔の1500万枚目の写真をまた撮る理由はない。愛する人たちは当然撮るべきだが、街路も撮るべきだ
古い家族写真でいちばん興味深いのは、自分の知っている人たち、あるいは1人挟めば知っている人たちが、まったく別の時代にどう暮らしていたのかをのぞき見る窓であることだ。当時は平凡に見えたものが、1世紀後には最も面白い場合が多い。古い映画で好きなのもその部分だ。1970年代初めのパリの通りを見るだけでも、現代人の目には見慣れないものに映る。交通量はほとんどなく、どこにでも駐車でき、広告看板もほとんどない
次の写真がアパートのドアの前に立つカップルなら、「ここはどこだったっけ……ああ、パリだったのか。君のお母さんと僕が大学時代の友人に会いに行ったんだ。そこへ行ったことも忘れていたよ」となる。フレームの中に人がいればずっといいが、見分けのつくランドマークも写真コレクションの中では依然として有用だ。両親のスライドを見ていてSt. Mark’s Squareの写真を見つけたが、2人がイタリアに行ったことがあることすら知らなかった
おおむね同意する
家で一部をスキャンしたあと、多くの品を外部業者に送った。当時Californiaにある会社が品物をパレットに載せてIndiaへ送る方式で、かなりハラハラしたが、結果はよかった。そのころCNET Blog Networkにいたのでレビューも書いた: https://www.cnet.com/tech/tech-industry/reviewing-the-result...
おそらく筆者よりも選別していたと思う。特に、家の外の日常はほとんど記録されていなかったという点にも同意する。たとえば母の化学実験室の写真はない。多くを捨てたが、もっとスキャンすることもできる気がする。ただ、もう一度見返したときに、もう一回回す価値があるかはわからない
批判が1つと提案が1つある
「撮影者を含める」という助言については、残念ながら、こういう記事を読む撮影者はたいてい私だけだ。ほかの人に自分を撮ってほしいと頼むと、不自然なポーズを求められたうえで全身写真を撮られる。いつか甥や姪たちが「probably_wrongおじさんが実際どんな見た目だったのかはわからないけれど、写真は素晴らしかった」と言ってくれることを願っている
提案は、アルバムは36枚以下にするというルールを守ることだ。フィルム1本が安定してくれた写真の数が36枚だったからだ。300枚撮って上位1%だけを残せば、どの写真を保管する価値があるのかをすぐに学べる。友人や家族もひそかに感謝してくれるはずだ