こういうことは仕事をしていることにはならない
(strangestloop.io)- 仕事を準備し、計画し、共有し、自分を責める行動は、**「仕事をしていること」**ではない
- 時間を確保すること、やることリストを作ること、友人にメッセージを送ること、SNSに投稿することも、どれも仕事をしていることではない
- 情報を読んだり、想像したりする行為もまた、仕事をしていることではない
- 結局、仕事をする唯一の方法は、実際に仕事を始めることだけである
その仕事をやる準備をすることは、その仕事をすることではない。
その仕事をやる時間を確保することは、その仕事をすることではない。
その仕事のやることリストを作ることは、その仕事をすることではない。
人にその仕事をやるつもりだと話すことは、その仕事をすることではない。
その仕事をしているかもしれない友人にメッセージを送ることも、その仕事をすることではない。
その仕事をやるつもりだと気の利いたツイートを書くことは、その仕事をすることではない。
その仕事をしていないことで自分を嫌うことも、その仕事をすることではない。
その仕事をした人を嫌うことも、その仕事をすることではない。
その仕事をするのを妨げる障害を嫌うことも、その仕事をすることではない。
その仕事をやり終えたあとに受ける称賛を想像することは、その仕事をすることではない。
その仕事をどうやるかを読むことも、その仕事をすることではない。
その仕事をほかの人がどうやったかを読むことも、その仕事をすることではない。
この文章を読むことも、その仕事をすることではない。
その仕事をする唯一のことは、その仕事を実際にやることだけである。
9件のコメント
ただの釣り投稿ですね(笑)
準備に時間をかけるくらいなら実行しろ、みたいな教訓を言いたかったように思えるけど、
準備や計画が仕事でないなら、それは何の活動なんだろうか。では実際の仕事をするためには、それをしなくてもいいのか?
準備自体が仕事のプロセスに含まれる場合もあるのに。
ただの駄文という感じ..
極端なT型の人が働きたくなくてぼーっとしていた末に出した結論を書いたような内容ですね
それらが不要な仕事だと主張しているのではなく、そうした準備動作をしながら仕事をしたと錯覚してしまう現象を警戒しているのではないでしょうか?
実行が重要なのは確かですが、共有や準備もインパクトを与えられるので、あまり共感できません
仕事以外にもさまざまな不要な作業はあるでしょうが、必要な仕事も含まれているように思えて、あまり共感できません。
Hacker Newsの意見
「準備すること」は「実際にやること」ではない、という話には共感する
ただし、仕事によっては 準備作業が全体の90% を占め、結果の品質を左右する
たとえば塗装では、ただハケを持って塗ればすぐダメになる。逆に、プロのように表面を研磨し、清掃し、作業場所を整えれば長持ちする
その場では時間を節約しているように見えても、あとでやり直したり、ひどい仕上がりを片づけたりするのに、かえって多くの時間を失うことになる
ただし、「新しい製品を広めること」も「やること」になりうる
結局は「何が本当にやることなのか」を定義するのが重要だが、その定義にこだわりすぎて肝心の行動が何も起きなくなることもある
「thingness」は二分法ではなく、今やっていることと 主目的との一致度 として見るべきだ
完璧でなくても80%くらいうまくやれて、その状態に折り合いをつけられる人が最も生産的だ
Viable System Model では、「doing the thing」はSystem 1に当たる
しかし、本当に持続可能なシステムになるにはSystem 2〜5が必要だ
人間もこうしたシステムのように生きる必要がある。単に「やること」だけでなく、
これらは「やること」そのものではないが、きちんとやるために不可欠な要素 だ
Jiraのチケットを作ると嫌味を言う人もいる
でも私がチケットを作るのは、やるべきことが100個あって、優先順位をつけるため だ
場当たり的に処理すると非効率になる
チケット作成 → ブランチ → テスト → PR → レビュー → デプロイと、すべての段階が必要だが、ときにはこうした手順を省いて スパイク作業 が必要なこともある
計画して記録する人たちのおかげで、実際に進む仕事は増える
1年後に別のエンジニアがコードを見たとき、なぜこれが必要だったのか分かるように、PRとチケットと設計文書は結びついているべきだ
そうでなければ、誰かが機能を削除してシステムが壊れるかもしれない
チームによってはPRに情報を入れたりテストで補ったりするが、なぜこれが重要なのか は結局文書化が必要だ
Ron Jeffriesが Sudokuプログラムを台無しにした事例 を読んだ
彼は問題の本質や適切なデータ構造を考えず、準備を完全に省いたまま コーディングを始めた
私は Teslaの「よく考えるほど、汗は少なくて済む」 という考え方に近い
十分に考えてから素早く実行するほうを好む
すぐ飛び込む人もいるが、そのほうがむしろ難しく、結果も悪いことがある
もちろん実際にやってみないと分からないこともあるが、できるだけ 事前の熟考と情報収集 を好む
結局それは間違ったやり方だが、より速い
私は「doing the thing」の意味を A→B→Cの段階的なプロセス として見ている
私たちはしばしば「Cをやろう」としか考えないが、その前に「A(調査)」と「B(議論)」が必要だ
これを忘れると、「Cだけが価値がある」と勘違いして、準備のプロセスを無視してしまう
つまり、準備と実行は区別されるべきだ
この文章は 空虚な格言 のように感じた
可視化、スケジュール管理、小さな単位への分割などは、実際に効果が証明された方法だ
一方で「とにかくやれ」式のアプローチは検証されていない
私は計画は得意だが、継続と完成 が苦手なので、こうした助言は役に立つ
Jobsが言ったように、「本物のアーティストは出荷する」 という言葉を思い出す
この概念は 創造的な仕事 にもよく当てはまる
特に 先延ばし癖 のある人には有用だ
Cult of Done Manifesto ともよく合う
子どもを育ててみれば、そんな言葉がどれほど非現実的か分かる
HNで 釣られた気分 だ
読むだけでは何もしたことにならない
私はこの文章を 壁に印刷して貼ったADHD当事者 だ
1年たってもまだ「そのこと」をできていない
実行しようとすると、ADHDの治療をしようとし、睡眠・運動・栄養・デジタル刺激を減らすことなどでバランスを取ろうとする
だが、ときどき 「実行機能を改善しようとする努力そのものが先延ばしだ」 と感じる
最近読んだものの中で、最も共感できなかった文章
あまりにも不自然だったので原文を見たら
do the thingだったのですが、これが「仕事をする」と訳されるとニュアンスが少しおかしくなったようです...Claude に翻訳させてみると、
相変わらずそこまで共感できる文章ではないですが、元のニュアンスを生かすにはこちらの訳のほうが良さそうです。