1 ポイント 投稿者 GN⁺ 2026-01-17 | 1件のコメント | WhatsAppで共有
  • オープンソース開発者として知られる Dylan Araps が、インターネット上での活動をやめて 農家に転身した理由と過程 を公開
  • 長時間コンピューターの前で働き続ける中で 身体的・精神的な消耗 を経験し、ついにはバーンアウトと実存的危機に直面
  • 回復の過程で 読書と聖書の読解 を通じて信仰と自己統制を取り戻し、あらゆる 悪習や依存を断つ
  • その後 ヴィーガン食, 裸足ランニング, ヨガ などを通じて健康を回復し、人生の方向を「自然とともに働くこと」へ転換
  • 家族とともにギリシャのエヴィア島の村 Amphithea自然農を実践する WILD プロジェクト を開始し、技術中心の生活から離れて自然の中で生きる道を選択

インターネットからの引退と転換の始まり

  • Dylan Araps は Neofetch, Pywal, KISS Linux, Pure Bash Bible などで知られるオープンソース開発者だった
    • 2021年に予告なくインターネットから姿を消し、その後は「読み取り専用」でのみ利用
  • 2024年、「引退して農業を始めた」という短いメッセージを残し、大きな関心を集めた
    • 人々は、彼が大規模農場を経営しているとか、森の小屋に隠遁したなど、さまざまに推測した
  • 今回の記事は、彼が再びインターネットに戻って自らの物語を明かし、WILD.gr プロジェクトを公開した内容

バーンアウトと身体の崩壊

  • 10年近く、1日の大半を コンピューターの前で座って過ごす生活 に費やし、過剰な仕事量と注目を求める気持ちによってプロジェクトは次第に複雑化
  • その結果、慢性的な疲労、猫背、筋力低下、喫煙による咳、不眠症 など健康状態が悪化
    • 睡眠薬と覚醒剤を交互に使いながら日常を維持
  • 最終的に バーンアウト が繰り返され、もはや仕事を続けられない状態に到達
    • 「画面の光り方を少し違うものにする作業」ばかりを繰り返し、自分をすり減らしているという自覚に至った

読書と信仰の発見

  • 仕事をやめた後に生じた空虚さを埋めるため 電子書籍リーダーを購入 し、古典文学を読みふけった
  • 多くの作品で繰り返し登場する 聖書からの引用 をきっかけに、初めて聖書を読み始めた
    • 欽定訳聖書 を数か月かけて読了
  • 信仰を持つ以前は無神論者でも有神論者でもなかったが、聖書を通じて 自分の人生と罪に向き合う ようになった
    • 「嘘つき、盗人、殺人者と同じ道を歩んでいた」という認識を表現

自己統制と生活の変化

  • 信仰をきっかけに あらゆる悪習を一気に断った
    • アルコール、たばこ、マリファナ、カフェイン、砂糖、ポルノ、自慰、ゲーム、加工食品などを完全にやめた
  • ヴィーガン食 に切り替えて肉・乳製品・卵を断ち、地域・季節・全粒穀物中心の食事 へと変化
    • 初めてイチジクを食べ、「これまで食べられなかった年月の埋め合わせをした」と表現
  • 自重トレーニング、ヨガ、裸足ランニング を通じて姿勢や筋肉のアンバランスを整え、活力を回復
    • 睡眠、咳、頭痛などの慢性的な症状が消えた

農家への転身と WILD プロジェクト

  • 信仰的な観点から 意味のある職業は農家か職人しかない と判断
  • 太陽の下で手を使って働く人生を選び、「自然農(Natural Farming)」 を実践することを決意
  • 家族(兄弟、母、祖母)とともに ギリシャ・エヴィア島の Amphithea 村 にある放棄された農場を購入
    • 家、ブドウ畑、オリーブの木がある小さな土地を再生し、WILD と名付けた
  • 「農業を始めた」という言葉は大規模な産業型農業ではなく、自然と調和する家族単位の農業 を意味する
    • 「私たちはただ、静かなギリシャの村で自然食品を育て、自然に従って生きる人々にすぎない」と説明
  • WILD.gr は、このような人生の転換を象徴する 新たな出発点 として示されている

1件のコメント

 
GN⁺ 2026-01-17
Hacker Newsのコメント
  • 私は10年間スタートアップで創業者兼初期エンジニアとして働いた後、2013年に農業を始めた。
    子どもの頃に逃げるように離れた故郷の村へ戻り、ナチュラルワイナリーを開いたが、流行の波には乗り遅れた。
    それでも長いテック業界での疲れの果てに迎えた最初の1年は本当に楽しかった。朝寝坊をし、友人たちとコーヒーを飲みながらおしゃべりし、日暮れまでブドウ畑で働いたあとにビールを一杯飲む、そんな日々だった。
    結局、数年後にまた都市へ戻ってスタートアップ生活を再開したが、人生には季節があることを学んだ。今は40代で、家族と暮らしながら週末農園のような形で農場を維持している。いつかまた戻り、夏の暑さの中で友人たちとビールを飲みながらブドウ畑で働く日を待っている
    • テック業界はいつでもそこにある」という言葉が印象的だった。私も以前メンターから「休暇に行け、面白いプロジェクトはまた現れる」と助言されたことがあり、それが大きな気づきになった。時には一歩引いて大局を見ることが必要だ
    • 「成功がまったくなかった」と言っていたが、どうやって農家としての暮らしを成り立たせたのか気になる
    • ニワトリを数羽飼ってみることを勧めたい。新鮮な卵が手に入るし、素晴らしい出汁の材料にもなる。ただし牛は避けたほうがいい、手がかかりすぎる
  • 私は農家に育ったので、誰かがその暮らしを新たに見いだしたというのはうれしい。
    神であれ哲学であれ、それを通じて意味を見つけたのなら良いことだ。だが結局、ストア哲学がいつも言っていたように、意味は自分で作るものだ。金がすべてではない。何かを育て、作り、築くことにこそ本当の意味がある
    • 私はむしろソフトウェアエンジニアリングそのものに幸福を感じる人間だ。9時5時のオフィスワークを悪魔化する必要はない。肉体労働のほうが幸せだというのは幻想だ。その代わり、座り仕事なら筋力トレーニングと有酸素運動は必須だと思う
    • ローマ皇帝ディオクレティアヌスが、引退後に自分で育てたキャベツを誇りながら「これを見ていたなら、私を再び呼び戻そうとはしなかっただろう」と語った逸話を思い出した
    • 農業は結局また別の孤独な営みになりうる。本当に重要なのは共同体を作ることだ
    • 私が出会った農家の息子たちは、その暮らしに戻りたがらなかった。一方でテック業界の人たちは田舎暮らしをロマンチックに思い描くが、実際に実行した人はほとんど見たことがない
  • 私はかつてソフトウェア・ミニマリズムに夢中だった。lynxでウェブを見て、sucklessツールを使い、KISS Linuxでビルドスクリプトを作っていた時期があった。
    Dylan Arapsの哲学は「ないものを新しく作るのではなく、すでにあるものを最大限に活用すること」だった。
    彼のワイナリーのサイトはJSを無効にしても動く。CSSとinputだけでスライダーを実装している。こうした**『あるものを活かす』精神**は今も生きている。私も彼からこうした考え方を学び、今でも感謝している
  • Tracy Kidderの『The Soul of a New Machine』に出てくる一節を思い出した。
    「Vermontの共同体へ行き、季節より短い時間単位では生きない」とメモを残して去ったエンジニアの話だ
  • 「精神的に見れば農民や職人以外の職業はすべて邪悪か無意味だ」という主張は極端すぎる。
    世の中にはケアワーカーや医療従事者のように、善良で意味のある仕事がたくさんある。そうした職業を軽視するのはおかしい
    • 「悪を含む」という表現は「悪だ」とは違う。無意味な仕事だというのは絶対的な言い方だが、たいていの仕事には善と悪、意味と無意味が混ざっている
    • 農業も結局は人を助ける仕事だ。筆者が言いたかったのは「世の中に良い影響を与える仕事をしろ」という意味だと解釈することもできる
  • ソフトウェア業界で、なぜこんなにも多くの人が燃え尽きを経験するのか不思議だ。
    私にとって農業は木工と似た意味を持っていた。手で作った家具ひとつのほうが、アプリを何十個作るより大きな満足を与えてくれた
    • 私も同じようなものだった。世界を変えたかったのに、実際には自分の仕事が世界を悪くしているように感じていた。かつては技術が世界を変えていた時代もあったが、今はアルゴリズムと人間本性の荒っぽい側面が支配しているように思える
    • 結局、お金と時間ができると隠れていた情熱を見つけるようになる。だが仕事にしてしまうと、その情熱は簡単に消えてしまう。私たちは日光と運動のために作られた存在だ
    • 仕事は本質的にお金をもらうからこそやるものだ。つまり、誰もがある程度は仕事を嫌っている。ただ私たちには去る余裕があるだけだ
    • 私は組み込みシステムをやっていて、現実世界とのつながりを感じた。農業に応用すれば、単純なコードでも大きな変化を生み出せる
    • 私の場合は疎外感が大きかった。製品が実際に何をするのかも分からなかったり、1年で廃棄されたりもした。だから物質世界のほうがより実感があり、満足できる。木を削る感覚は、AutoCADで線を引くのとはまったく違う
  • 私も農業を試みたが、資本とセーフティネットが足りず、結局またコーディングに戻った。いつかもう一度挑戦したい
    • こういう生き方は結局、経済的余裕のある人にしかできない。お金で幸せは買えないが、自由は買える
    • おそらく収益はほとんど出ないだろう。ブログのほうがむしろ稼げるかもしれない
  • ある意味では中年の転機のようにも見える。聖書を読み、島へ移住して農業を始めたというのは勇気ある選択だ
    • だがこうした変化は突然起こるものではない。長年の不満とバーンアウトが積み重なり、最後の一滴で爆発するのだ。私もタバコを一日でやめたように、ときには急激な変化のほうが効果的だ
    • 根本的な問題を解決しないまま逃避しただけかもしれない。私の知人も似たように生態農業をしていたが、結局また工場に戻った
    • ちなみに彼はまだ20代前半だ。すでに有名なオープンソース開発者だった
  • 「精神的に見れば農民や職人以外の職業はすべて無意味だ」という言葉が印象的だった。だが私はここに芸術家も含めるべきだと思う。世の中には詩人、音楽家、画家も必要だ。
    • だがこの文はよく考えると無意味な主張だ。詩人が紙を使うには、誰かが製紙工場で働かなければならない。結局すべての職業はつながっている
    • 教師、医師、看護師、消防士のようなサービス職も邪悪ではなく、とても意味がある
    • こうした言葉を純粋さの証明のように受け取るのは危険だ。世界から目を背ける自己欺瞞かもしれない。現代文明は複雑だが、そのおかげで生活の質と安全が保たれている。誰もが農民になれるわけではない
    • 世の中には医師、科学者、教師など無数の職業がある。単純化された二分法は現実を反映していない
    • 芸術は必要だが、必ずしも職業である必要はあるだろうか。昔は共同体の余暇活動だった
  • ギリシャにいる私たちの家族もオリーブ農園を営んでいる。だが大半を仲買人に売っているため利益が少ない。直接販売が可能なのか、そしてソフトウェアの技術が役立つのか気になっている
    • Vidalia OnionsMiami Fruitのように直販モデルがある。Shopifyのようなプラットフォームを活用でき、コーディングよりもマーケティングが鍵だ。私も茶葉のECをやったとき、購買力に応じた動的価格プラグインを作ったことがある
    • 現実には、引退後の余裕資金で行うライフスタイル・ビジネスに近い。ほとんどの人には不可能な選択だ
    • 私も直販のオリーブオイルを買うことがある。市場は小さいが、顧客がプレミアムを払う価値があると感じれば成立する。開発者なら初期投資資金があるのが強みだ
    • 結局のところ鍵はマーケティングだ。裕福な顧客層を確保し、維持することが肝心だ
    • CSA(地域農産物の直販)はすでに一般的なモデルだ