2 ポイント 投稿者 GN⁺ 2026-03-08 | 1件のコメント | WhatsAppで共有
  • AIテキスト検知を回避するために、CSS、フォント操作、スペル変形など複数の技術的手段を動員した実験的な文章作成の試み
  • text-transform: lowercase で大文字を小文字に変換しつつ、codepre ブロックは例外処理して コードの可読性 を維持
  • fontTools ライブラリを使い、emダッシュ(—)のグリフをハイフン2つの組み合わせに置き換えるカスタムフォントを生成
  • Peter Norvig の スペル訂正アルゴリズムを応用し、文章中の珍しい単語をより一般的な単語に意図的に置き換えることでスペルパターンをぼかす
  • しかし 文章スタイルそのものを変えることは最後まで拒否し、「それは単なる仮面ではなく私の顔だ」

大文字 → 小文字変換

  • 全文を小文字でレンダリングするため、text-transform: lowercase という CSS プロパティを適用
  • codepre ブロックは text-transform: none で例外処理し、コードの完全性 を維持
  • cat post.md | tr A-Z a-z | sponge post.md のようなシェルコマンドはコードブロックまで変換してしまうため使用不可
    body {  
        text-transform: lowercase;  
    }  
    code, pre {  
        text-transform: none;  
    }  
    

Emダッシュのグリフ置換

  • AI検知器が emダッシュの使用パターンを認識できるため、emダッシュ(—)をハイフン2つの組み合わせに置き換えるカスタムフォントを作成
  • Python の fontTools ライブラリで Roboto フォントを直接修正し、emダッシュのグリフをハイフン2つで構成されたコンポーネントに置換
  • FontForge を使うほうが簡単だったかもしれないが、.woff ファイルをスクリプトで生成する方式を選択
  • ハイフン幅(hyphen_width)と間隔(gap = hyphen_width * 0.8)を計算し、新しい advance width を設定して roboto_edited.ttf として保存

意図的なスペル変形

  • Peter Norvig のスペル訂正コードを基に、文章中の珍しい単語を、先頭文字が同じでより一般的な単語に置き換え
  • big.txt コーパスで単語頻度辞書(Counter)を構築した後、文章中の単語を希少度順に並べ替え
  • edits1() 関数で削除・転置・置換・挿入の編集距離1の候補語を生成し、頻度がより高い単語を置換候補として出力
  • 実際の置換例: corpus → corps, discrete → discreet, complement → compliment, spill → spell など

スタイル変更の拒否 — アイデンティティの境界

  • 大文字、emダッシュ、スペルまで技術的に偽装したが、文章スタイルそのものを変えることは拒否

    「私の文章は単なる外見ではなく、私が考え、推論し、世界と関わる方法そのものだ」
    「仮面ではなく私の顔であり、外観ではなく荷重を支える構造物(load-bearing)だ」

  • 最後の一文は AI が生成したような文句 "Here's your blog post written in a stylized way..." で締めくくられ、
    文章全体が AI偽装の試みそのものをメタ的に露呈する構造 であることを示唆している

1件のコメント

 
GN⁺ 2026-03-08
Hacker Newsのコメント
  • 詩のアイデアは興味深かったが、自己中心的で説明が不足していて没入しにくかった
    文頭から小文字で始める書き方はAIでも簡単に真似できるので、真実味に欠けていた
    最後にAIが書いたという告白を見て、「私の書き方は単に私がどう見えるかではなく、私が世界と思考し交流する方法そのものだ」のような一文がようやく理解できた

    • 作者は人工的でないように見せるため、わざと綴りの誤りや大文字の省略のような手法を使ったように思える
      だが結局、自分の文体そのものを変えなければならないという結論に至り、それはアイデンティティの一部なので不可能だと気づく
      そのため逆説的に、LLMを通してしかその変化を実現できないという皮肉が生まれる
      実際にLLMを使って書いた文章ではないと思う
    • 最近は「自己中心的」という批判があまりにも気軽に乱用されている気がする
      以前は文章を芸術として捉え、解釈は読者に委ねられるものだと考えられていたが、今はそうした余裕が失われたようだ
    • 「AIが真似できる」という話で思い出したが、近いうちにオンラインで人間だと証明する唯一の方法は、ヘイトスピーチや攻撃的な言葉を混ぜることだけになるのかもしれない
    • 私はむしろ後者の解釈として読んだ
      無数のボットがブログを運営しコミットを残す世界では、その文脈が自然に思い浮かんだ
      この文章はゲートキーピングとオープンソースの話を思い出させた
    • 「あまりに自己中心的」という批判そのものが、むしろAI文章を警戒する人たちの強迫的な態度を露呈しているように思える
      文章の本質より表面的なスタイルにばかりこだわる姿のほうが、よほど自己中心的に感じられる
  • 自閉スペクトラムのある者として、この文章は別の形で響いた
    自分の自然な表現方法が「間違っているもの」と見なされ、アイデンティティの一部を削り取ってこそ社会的に受け入れられるという不安はあまりにも馴染み深い
    結局、「人間らしく見えるにはLLMを通さなければならない」という皮肉は、「普通に見えるには自分を演じなければならない」という私たちの現実に似ている

    • ある人はこの文章がLLMの書いたもののように感じられると言っていた
    • 別の人は、悪意がないことを示すためにコミュニケーションの仕方を変えることは昔からずっと行われてきたと指摘した
    • また別の人は、「人間らしく見えるにはLLMを通さなければならない」という文自体がLLM特有の文体だと冗談を言っていた
      だが最近ではGrammarlyのようなツールで文章を「改善」することが当然視され、自然な言語表現という芸術が衰退していることのほうが心配だと言っていた
  • ChatGPT以前からem-dash(—) をよく使っていたのに、今ではそれがAIっぽく見えるのではないかと気になり始めた
    プログラムが自動でem-dashに置き換えるせいで、人々に私が会話をAIに委ねたかのように見られるのではと不安になる
    だからこの文章にはとりわけ共感した

    • 私はem-dashの前後に空白を入れて使うが、そのほうが見た目がいいからだ
      いつかそのせいでLLMだと誤解されるかもしれない
    • ある人はむしろ、「LLMっぽく見える」と言われるのを避けるためにもっと多くのem-dashをわざと入れたくなると言っていた
    • また別の人はem-dashとen-dashの違いを調べつつ、文章の質を直感的に感じ取れる人のほうがよいと思うと言っていた
    • em-dashツールのリンクを共有しつつ、本物の読者はem-dashで立ち止まったりしないと付け加えていた
  • 詩のfontToolsの部分が特に印象的だった
    em-dashグリフを2つのハイフンで合成するのは、タイプレンダリングを深く理解していなければ思いつきにくいアプローチだ
    たいていのフロントエンド開発者なら単純な文字置換で済ませただろうが、フォントレベルで処理したのははるかに洗練された解決策だ
    CSSのtext-transformトリックも同様に、コードブロックを保護しなければならない繊細な設計が必要だ
    詩の見た目の下には本物の技術的完成度が隠れている

    • 「これはなぜ詩なのか?」という疑問もあった
      コードが面白いことには同意するが、詩としての定義は依然として曖昧だという
  • いつか私たちは再び、文章の内容ではなく世界観の違いゆえに無視する時代に戻るのかもしれない
    最近は文体やぎこちない表現をひとつ見ただけで「AIなのか?」と尋ねるのが日常化している

    • ある人は「ゼロトラストの方針が日常に染み込んでいる最中だ」と言い、結局信じられるのは自分で見て感じた人だけだと語っていた
  • 読みながら「これは人間シグナルのもうひとつの試みにすぎない」と思っていたが、最後のどんでん返しが新鮮だった
    誰が書いたかは重要ではなく、何を言おうとしていたのかが核心だと感じた

  • em-dashを2つのハイフンで表現したのは初めて見た
    Robotoフォントを修正したコードは驚くほど短く、Norvigのスペルチェッカー並みに簡潔だった

    • Norvigの文章を見るたびに「自分がNorvigではないのが残念だ」と思う、というコメントもあった
    • また別の人はWikipediaのDashの記事を引きつつ、多くのワードプロセッサはハイフンを自動でダッシュに修正すると説明していた
  • この文章があまりにも好きで、AIが関与していないと信じたい

    • だがある人は「それは本当に重要なのか?」と問い返し、芸術の本質は感動であって作者が誰かではないと言っていた
    • また別の人は「AIと協業した詩」のように感じると言っていた。気にはならないが、AIの匂いがすると表現していた
  • 私は今でもHTMLとEmacsで直接文章を書いている
    数学の問題を扱うときは、わざと冗長に書いて複数の解法を盛り込み、あとで最もエレガントな解法に整理する
    誤字は多いが、それがむしろ人間らしい痕跡だと思っている
    ただ最近は、自分の書いた文章がLLMだと誤解されるのではないかと心配だ
    こうした疑いの文化が、書くことの楽しさを少しずつ奪っている
    時間が経てば、この過剰な警戒心が和らぎ、自分の手で文章を書く人たちが再び気楽になれるといい

  • 「クランカーたち(clankers)」がこれに気づいたらどうなるのか、という冗談もあった

    • 結局私たちはまた現実空間(meatspace) で会うようになるだろう
      もちろん、アンドロイドと人間を見分けられる間だけの話だが