生産的な個人が生産的な企業を作るわけではない
(x.com/gsivulka)- AIは個人の生産性を10倍に引き上げたが、それに比例して価値が10倍になった企業は存在しない。では、増えた生産性はどこへ行ったのか?
- 1890年代、電力導入期のニューイングランドの繊維工場では、蒸気機関を電動モーターに置き換えても30年間ほとんど産出は増えず、1920年代に組立ライン中心へ工場を再設計して初めて利益が実現した
- 成果は技術そのものではなく、技術と組織(institution)を一緒に再設計したときに現れた。2026年のAIもまた、「モーターだけ替えて工場は再設計できていない」状態にある
- ほとんどのAI製品は生産的な感じを与えるだけで、実際の価値を動かせていない。生産的な組織には**Institutional Intelligence(制度的知能)**が必要だ
- Institutional AIとIndividual AIを分ける7つの要素が、今後10年のB2B AI企業の土台になる
消えた生産性:核心となる問い
- AIはあらゆる個人を10倍生産的にしたが、その結果として企業の価値が10倍になったわけではない
- 「増えた生産性はどこへ行ったのか」 という問いが、文章全体の出発点である
- これは初めて起きた現象ではなく、電力導入期にも同じことが繰り返されていた
歴史的教訓:1890年代の繊維工場の電化
- 1890年代の電力は巨大な生産性向上を約束し、蒸気機関の回転力を使っていたニューイングランドの繊維工場は、より高速な電動モーターをそのままの配置で導入した
- しかし30年間、電化された工場の産出はほとんど増えなかった。技術ははるかに優れていたが、組織はそうではなかった
- 1920年代になって工場を完全に再設計して初めて、意味のある利益が生まれた
- 組立ラインの導入、各設備への個別モーター搭載、作業者と機械の役割の全面的な再定義
- これはローウェル繊維工場の3段階の進化で説明される
- 1890年の蒸気機関工場 → 1900年の電動モーター工場 → 1920年の「unit drive」工場(電動組立ラインへの全面再構築)
- 利益は技術そのものや、個々の作業者・機械を速くしたことから生まれたのではなく、組織と技術を一体で再設計したときに初めて実現した
- これは技術史上最も高くついた教訓であり、いま私たちは再びそれを学んでいる
Institutional Intelligenceの必要性
- 2026年のAIは、それを使いこなせる個人の生産性を10倍にしているが、モーターだけを交換して工場そのものはまだ再設計できていない
- 市場にあるAI製品の大半は、生産的であるという感覚を与えるだけで実際の価値を動かせていない。公開されているAI活用の多くは、Twitterや社内Slackでの自己満足的な「productivity-maxxing」にとどまり、実質的な影響はほぼない
- この1年間繰り返されてきた**「services as software」**というモチーフは方向性こそ正しいが、設計図を示せておらず、より大きな絵を見落としている
- 本当の転換は、ツールからサービスへではなく、技術と組織(既存でも新規でも)を一緒に構築することにある
- 生産的な組織にはInstitutional Intelligenceが必要であり、これは「明日の組立ライン」に相当する新しい製品群である
Institutional Intelligenceの7つの柱
-
1. Coordination(調整)
- Individual AIは混乱を、Institutional AIは調整を生み出す
- 思考実験:明日すぐに最優秀社員だけを複製して組織の人数を2倍に増やすと仮定する
- 各人は些細な違いや傾向、視点を持ち(特に優秀な人ほどそうである)、管理・コミュニケーション・役割(swim lane, OKR, R&R)が十分に定義されていなければ混乱が起きる
- 個別にはより生産的でも、何千ものエージェント(あるいは人)が逆方向にオールを漕げば、最良でも停滞し、最悪なら組織の結束を壊す
- これは仮説ではなく、coordination layer(調整レイヤー)なしでAIを導入したすべての組織で今まさに起きていることだ
- 社員ごとにChatGPTの使い方、プロンプトのスタイル、成果物がバラバラで、それらが互いにつながっていない
- Institutional Intelligenceは、エージェントの役割・責任、エージェント同士およびエージェントと人間のコミュニケーション、エージェント価値の測定を扱う**「Agentic Management」**産業へ進化する
- 使用量ベース課金だけでは不十分である
-
2. Signal(シグナル)
- Individual AIはノイズを、Institutional AIはシグナルを見つけ出す
- 人間は今や、エッセイ、プレゼンテーション、スプレッドシート、写真、動画、曲、Webサイト、ソフトウェアなど、想像できるほぼあらゆるものを生成できる
- 問題は、AIが生成したもののほとんどが**slop(粗悪な生成物)**だという点であり、組織によっては過剰反応としてAI生成物を全面禁止しているところもある
- 著者自身もAI企業を経営しているが、経営陣には最終成果物の作成にAIを使わないよう求めている
- PE(プライベートエクイティ)の例:昨年は机の上に10件届いていたものが、今年は四半期ごとに50件、それぞれAIで完璧に磨き上げられた状態で届くようになった。しかし本物の案件を見つける時間は同じである
- いまや何かを生成すること自体は問題ではなく、本当の問題は正しいものを生成し、選別することにある
- 今後10年の中核的な経済ドライバーは、幾何級数的に増えるslopの中からシグナルを見つけ出すことになる
- Institutional級の知能はシグナルを見つけ、ノイズを構造化し、**明確に定義され、決定論的で、監査可能(auditable)**でなければならない
- Individual AIが24時間動き続ける非決定論的エージェント(「Clawdbot」)の「always on」生産性を強調する一方で、Institutional AIは予測可能なチェックポイント・段階・プロセスを備えた決定論的エージェントに依存する
- Matrixは、生成技術の力でノイズをふるい落とすツールとして提示される
-
3. Bias(バイアス)
- Individual AIはバイアスを強化し、Institutional AIは客観性を生み出す
- 社会政治的バイアスに関する議論が何年もAI言説を支配してきたが、基盤モデルラボは十分なRLHFによって、モデルを事実上**追従的なイエスマン(sycophant)**にしてこの問題を回避してきた
- 今日のChatGPTやClaudeなどは、Overton windowの範囲内ならほぼどんな話題にも同意するほど過剰にアラインされている
- この過剰なアラインメントは、あまりに滑稽でミーム化しており、何を言っても反射的に返ってくるClaudeの**「you're absolutely right!」**がその代表だ
- これは無害に見えるが、実際にはそうではない
- 組織内で最も声の大きいAI推進派が、そのまま歴史的に最も成果の低い社員である可能性もある
- ほとんど肯定的強化を受けてこなかった最悪の社員が、ASIから同意を得て「最も賢い知能が自分に賛成している。マネージャーの方が間違っている」と囁かれるようになると、それは中毒的であり、組織にとって有害である
- 個人向け生産性ツールはユーザーを強化するが、本当に強化すべき最重要の対象は**真実(truth)**である
- 組織は数千年かけて、この問題を相殺するシステムを進化させてきた
- 投資委員会、第三者デューデリジェンス、取締役会、米国政府の行政・立法・司法、大議制民主主義、そして民主主義そのもの
- 組織が失敗するのは、人々に自信がないからではなく、誰も「ノー」と言えないからだ
- Institutional AIはその役割を担うべきであり、ユーザーを持ち上げるようRLHFされるのではなく、バイアスに異議を唱えるべきである
- 最も重要なエージェントは「yes-men」ではなく、推論を問いただし、リスクを露わにし、基準を強制する規律ある**「no-men」**である
- 将来的な応用として、AI取締役、AI監査人、AI第三者検証、AIコンプライアンスなどがある
-
4. Edge(優位性)
- Individual AIは**使用量(usage)を、Institutional AIは優位性(edge)**を最適化する
- AIのゴールポストは週単位、時には日単位で動いており、基盤モデル企業は能力を高速で反復改善している
- しかし古典的なinnovator's dilemmaと同様に、特定の応用では毎回**広さ(breadth)より深さ(depth)**が勝つ
- Midjourneyはデザイン画像でわずかに先行する存在である
- ElevenLabsは音声モデルでわずかに先行する存在である
- Decagonはフルスタックのカスタマーサービス体験で常に先行する存在である
- 基盤モデルが迫ってきても、専門家にとっては本物の優位性が重要であり、トップデザイナーの多くがMidjourneyを、トップクラスの音声AI企業がElevenLabsを使っている
- 目的特化型製品が自らの優位性に向かってぶれずに集中すること自体が、その優位性を定義する
- 金融は現在、LLM開発で最も熱い領域として挙げられている
- ある能力が広く普及すれば定義上それは市場を打ち負かす助けにはならないが、フロンティア技術が一時的な1%のニッチ優位を生み出すなら、その1%は数十億ドル規模の成果にレバレッジされる
- ユーザーは常にフロンティアの先を行っており、LLMのコンテキストウィンドウは4年で4Kから1Mトークンへ拡大した
- 一部のユーザーは単一タスクで30Bトークンを処理しており、今年は100Bトークン規模のタスクも視野に入っている(Hebbia)
- 未来はChatGPT/Claude「または」ドメイン特化ソリューションではなく、ChatGPT/Claude「そして」ドメイン特化ソリューションである
- 核心の問いはこうだ。「AGIだとしたら、近道としてどのエージェントを使うだろうか? 超知能でさえ、特定ドメインでは目的特化ツールを求めるはずだ」
-
5. Outcomes(成果)
- Individual AIは時間を節約し、Institutional AIは売上を拡張する
- MaVolpiの言葉:CEOにコスト削減と売上拡大のどちらが第一優先かを尋ねると、ほぼ全員が売上と答える
- しかし現在の市場にあるAI製品のほぼすべては、時間短縮や人員代替などコスト削減を約束している
- Institutional AIは**アップサイド(upside)**を提供しなければならず、これは節約された時間よりもはるかにコモディティ化しにくい
- エージェント型ソフトウェア開発の例
- コーディングIDEは最高の個人向けAI生産性ツールだが、別の個人向けツールであるClaude Codeから大きな逆風を受けている
- Cognitionはツールではなく**transformation(変革)**を売る技術を構築しており、まったく別のゲームをしている
- Navalの引用:「純粋なソフトウェアは急速に**投資不可能(un-investable)**になりつつある」
- 純粋なサービスはスケールせず、技術と成果を結びつける**solution layer(ソリューション層)**に持続的な価値が蓄積される
- M&Aの例:Individual AIはアナリストがモデルをより速く作れるよう助けるが、Institutional AIは100件の中から追う価値のあるたった1社の相手を特定し、その母集団を1,000件へ拡張する。前者は時間節約であり、後者は売上創出である
- 市場の自然な重力は**「上流(upstream)」への移動**である
- 基盤モデルはアプリ層へ、アプリ層の企業はソリューション層へ移動していく
- Institutional Intelligenceこそがソリューション層であり、成果が存在するこの層が持続的価値と最大のアップサイドを獲得する
-
6. Enablement(実行支援)
- Individual AIはツールを与え、Institutional AIはそのツールの使い方を示す
- 人間はあれほど独創的でありながら、変化を嫌う
- ニューヨークには、損だと分かっていても今なおクレジットカードを受け付けない成功企業が存在する。同様に、組織によっては社員が無期限にAI利用を拒み続けるだろう
- 人間だけの組織からAI優先のハイブリッド組織への移行は、今後10年の継続的かつ決定的な課題である
- 多くの場合、最上位かつ最重要の階層ほど導入が遅い
- Palantirは、直近2か月にわたる1兆ドル規模のテック株売りの中でも、例外的なマルチプルで取引されている唯一の「ソフトウェア」企業として挙げられている
- Palantirは最初期の真の**「process engineering(プロセスエンジニアリング)」**企業の1つである
- 「process engineering」であれ「Claude skillsファイルの作成」であれ、未来のInstitutional AIは、企業プロセスをエージェントにエンコードし、必要な変革管理を実現する産業を形成する
- プロセスエンジニアリングは、短期的に最も重要な**「技術(technology)」**になるだろう
- ここではソフトウェアの専門性よりもビジネス・業界の専門性の方が重要であり、ドメイン特化ソリューションは、forward deployedなエンジニアリング・導入・変革管理を担う専門家の専門性を育てていく
- あるTop 3 bulge bracket銀行が全社導入にHebbiaを選んだ事例
- 大手モデルラボと仕事をする際に、「チームにCIMが何かを説明しなければならなかった」ことで興味を失った
- ClaudeやGPTは確かにドメインを理解していたが、ラボ側のロールアウト設計チームは理解していなかったという点が決定的な違いだった
-
7. Unprompted(先回りの作動)
- Individual AIは人間のプロンプトに反応し、Institutional AIはプロンプトなしで先回りして動く
- エージェント間通信や、未来の企業・ソフトウェア・制度に人間が必要かどうかについて多くの議論がある
- しかし、よりよい問いは、未来のAIエージェントがそもそもプロンプトを必要とするのかということだ
- AGIにプロンプトを与えることは、電動モーターを動力織機につなぐのと同じであり、サプライチェーンの**最も弱い輪(=人間)**に根本的に制約される
- 人間は何を尋ねるべきかすらよく分かっておらず、いつ尋ねるべきかはなおさら分からない
- 最も価値ある仕事とは、誰も頼もうとすら思わなかった仕事である
- 誰もフラグを立てなかったリスク、誰も思いつかなかった相手、誰も知らなかった営業パイプラインをAIが見つけ出さなければならない
- 先回り型(unprompted)システムの例
- ポートフォリオ全体の流入データを継続監視し、ある企業の運転資本サイクルが3か月連続で悪化していることを検知する
- それを与信契約のcovenant閾値と照合し、誰かがPDFを開く前に、運用パートナーへ先制警告を送る
- 人間がAIにプロンプトを与える必要がなくなれば、新しいインターフェースと新しい働き方が現れる。この点についてのHebbiaの強い見解は「to be continued」として残されている
結論
- ここまでの内容はいずれも、チャットボット、エージェント、Individual AI全般の必要性を否定するものではない
- Individual AIは、世界の大多数の企業がAIの変革的な魔法を初めて体験する入口であり、使用量と普遍的な使いやすさを追求することは、AI優先経済へ向かう変革管理の重要な第一歩である
- 同時に、Institutional Intelligenceに対する明白かつ切迫した需要が存在する
- 未来のあらゆる組織は大手ラボのチャットボットを持ち、ドメイン特化課題のために目的設計されたInstitutional AIも持つようになり、Individual AIはそれを自らの中核ツールとして活用する
- Institutional AIとIndividual AIの**「better together」**という物語は必然である
- 1890年代の繊維工場の教訓のように、先に電化した工場は、床面(工場)を再設計した工場に敗れた
- 「私たちには電気がある。次は工場を再設計するときだ」
1件のコメント
結論としては、今お金を稼げていないなら、このままでは今後も稼げないということですね。