- AI時代に人を分ける基準は知能よりも、精神的努力との関係であり、知能がありふれるほど、自ら考え成長しようとする**意志(volition)**がいっそう貴重になる
- 認知欲求が低い人は、AIで生産性を高める代わりに思考力を失いやすく、中間層は効率化の誘惑に屈しやすい一方、高い層はAIを精神的能力を拡張する道具として活用する
- AI導入者はメール/メッセンジャーの使用が2倍以上、業務ソフトウェアの使用が94%増えた一方、集中業務は9%減少しており、複数の実験でも脳の結合性/認知的努力/内発的動機の低下が観察されている
- 答えの代わりにヒントを求めること、まず自分の考えを書くこと、AI作業と非AI作業を交互に行うこと、チャットボットをチューターのように設計することなどが、思考力を保つ方法になりうる
- AIによってより多く考える集団と、より少なく考える集団のあいだに認知的二極化が生じる可能性があり、学校や組織は知識の伝達よりも、自律性/有能感/関係性/困難に耐える意志を育てる必要がある
AIが減らした時間は、より多くの仕事で埋められる
- ActivTrakの1万人超の労働者分析では、AIを導入した人々の業務量は減らず、むしろより密になっている
- メール/メッセージング/チャットアプリの使用時間が2倍以上に増加
- 業務用ソフトウェアの使用量が94%増加
- 邪魔されない集中作業時間は9%減少
- UC Berkeley Haas School of Businessの研究では、コーディングやエンジニアリングが容易になると、以前は外注していた作業まで自分で行うようになった
- 夜や週末、待ち時間にも短い仕事を差し込む
- 複数のボットに異なる作業をさせ、それらを同時に監督するマルチタスクが増加
- AIで節約した時間は休息ではなく新たな課題に投じられ、本人と上司が1日に期待する成果量も同時に高まる
- 毎時間より多くの仕事を処理しながら、注意散漫さと疲労も増していく状態には、AI brain fryという名前まで付いている
- 飛行機/列車/自動車が移動時間を短縮した代わりに旅行回数を増やしたように、省力化技術は人生を暇にするより、より多くの活動を可能にする傾向がある
知能がありふれるほど、意志は貴重になる
- AI時代の原則は、**「知能が豊富になるほど、意志に価値が生まれる」**ということだ
- 差を生むのは、AIを受動的に使って楽をしようとする人ではなく、AIと格闘しながら自分の能力を伸ばし、より多くを成し遂げようとする人である
- 心理学でいう**認知欲求(need for cognition)**は、難しい思考そのものをどれほど楽しめるかを示す
- 高い人は、難しいゲーム/密度の高い本/複雑な問題を好む
- 低い人は、負荷の高い思考を不快に感じて避ける機会を探す、**認知的ケチ(cognitive miser)**に近い
- 中程度の人は、自分が重要だと考える問題には努力するが、思考そのものを楽しんではいない
- 認知欲求は知能と相関するが同じ特性ではなく、知能が高くても精神的努力を嫌うことはある
生産的な乗客たち: 成果を得て、能力を失う集団
- 認知欲求が低い**生産的な乗客たち(Productive Passengers)**は、AIによって作業が容易になり生産性が上がる一方、同じ理由で精神的能力が弱まる可能性がある
- 人は、圧倒されるほど難しくもなく、まったく努力が要らないほど簡単でもない最適難易度の領域で最もよく学ぶ
- AIは、少ない努力を好む人をこの領域の外へ押し出し、自分で考えるべき部分まで代わりに処理してしまう
- Nataliya Kosmynaが率いたMIT Media Labの研究では、類似の課題を行う際、ChatGPT利用者の脳の結合性は非利用者より最大55%低く測定された
- Possibility Sciences共同創業者のVivienne Mingの測定では、認知的努力の指標であるガンマ波活動がAI使用中に約40%減少した
- SBS Swiss Business SchoolのMichael Gerlichの研究では、AIツールの頻繁な使用と批判的思考力とのあいだに有意な負の相関が見られた
- AIは当初は生産性を高めるが、依存が続くと、知識や能力を内側から空洞化させる結果につながりうる
- Grace Liuが率いたCarnegie Mellon Universityの研究では、約10分間AIの助けを受けた後でアクセス権を失った参加者は、最初からAIを使わなかった人より成績が低く、より頻繁に諦めた
- AIを使い始めた内視鏡専門医は、AIなしで検査した際の前がん性腸病変の発見率が従来の28.4%から22.4%へ低下した
- GPSが地図の読解や道案内の能力を弱めたように、AIは許容する範囲次第で、はるかに広範な思考能力を弱めうる
しぶしぶ最適化する人たち: 危険を知っていても依存してしまう集団
- 中程度の認知欲求を持つ**しぶしぶ最適化する人たち(Reluctant Optimizers)**は、AIが自分を空洞化させる危険を認識して抵抗しようとするが、混雑しストレスの大きい日常の中で、次第にボットへ依存するようになる
- MIT Media Labの実験で、ChatGPTで連続して文章を書かせた参加者は、作業を重ねるほどAI依存度が高まり、ついにはコピー&ペーストが大半を占めるようになった
- これは疲労の蓄積だけでなく、技術が利用者の思考様式を変えるためでもある
- 伝統的な教育は、難しい課題に耐えて、より良い思考者かつより多くの知識を持つ人になる**修養(cultivation)**を重視する
- 現代の技術は、機械を使って摩擦をなくし、結果をできるだけ効率的にする**最適化(optimization)**を重視する
- Google検索責任者だったAmit Singhalは2013年、利用者の思考と欲しい情報のあいだにあるあらゆる摩擦を減らすことに注力していると述べた
- 修養型の思考は摩擦を探すが、最適化型の思考は摩擦のない人生を望む
- 最適化の目標は、卓越性よりも産出量の最大化に近い
- GoToの調査では、労働者の43%が、誤りがある、あるいは品質が低いと疑いながらも、AI生成物を提出したことがあると答えた
好奇心/動機/判断力が弱まる過程
- Laura Schulzの研究では、教師が物の使い方を直接教えると、子どもたちがその物を探究しようとする好奇心が制限される
- 使い方を教えなければ、より多様な方法で探索する
- AIは、答えと方法を絶えず提供する教師のように機能しうる
- Zhejiang UniversityのSuqing WuとShanghaiTechのYukun Liuが率いた研究では、AI使用後にAIなしで別の課題を行うと、内発的動機が平均11%低下し、退屈さは20%増加した
- AIと取り組んだ最初の課題がより楽しく感じられることで、一般的な作業が相対的に退屈に見えてくる
- 自分の世界観と知識基盤を築けていない人は、不完全なAIに対抗できる対話相手になりにくい
- この状態では、ボットの誤りや提案を検証せず従ってしまう**認知的降伏(cognitive surrender)**が起こる
- Wharton Schoolの研究チームがAIに時々誤答を出すよう設定すると、参加者はその誤りの80%を事実として受け入れた
産出物よりも、人が形づくられる過程を失う文化
- 北バージニアのRivendell学校の校長Chris Sibbenは、200人以上のアーティストが5年以上かけて制作した映画を生徒たちに見せた
- ある生徒は、AIなら5分で作れるのに、なぜそんなに長く作業したのか理解できないと言った
- Sibbenはこれを**距離化の工業化(industrialization of detachment)**と呼ぶ
- 「AIなら5分でできる」という反応は、速度だけの問題ではなく、価値基準の変化である
- 試練より産出物を重視する
- 見る力よりイメージを重視する
- 何かを作れる人へ成長する過程より、完成品を重視する
- AIは、徒弟期間なき熟達と、理解なき流暢さを提供する
- このパターンを内面化した生徒は、単に怠け者になるのではなく、より形づくられておらず、現在に没入しにくく、プロンプトなしで困難に耐えるのが難しい人になりうる
精神のマラソンランナーたち: 便利さより能力拡張を選ぶ
- 認知欲求が高い**精神のマラソンランナーたち(Mental Marathoners)**は、自動車があっても42.195kmを走る人のように、実用的な必要がなくても自分の能力を広げるために精神的努力を選ぶ
- 彼らは、解決法が見えず、締切と不安が迫る状況でも、最終的には自力で答えを見つけられるという確信を保つ
- 探索とブレインストーミングを続けるうちに解答が現れ、学習曲線が急上昇する過程を楽しむ
- University of ChicagoのJohn Cacioppoが率いた研究チームは、高い認知欲求に関する100本以上の研究をレビューした
- 課題に関連する思考が多い
- 刺激的な会話に参加する
- 終結と統制への欲求が高い
- 結論を出した後は、反対証拠が積み上がっても立場を変えにくいことがある
- 彼らは、AIが思考を平準化するAIエントロピーに強く抵抗し、独創的な結果を追求する可能性が高い
- 文章/曲/映画が既存作品の合成のように見慣れていくほど、自分固有の経験と人格が反映された仕事を作り、AIで主導権を強化しようとする
AIを精神トレーニングの道具として使う6つの方法
- 答えではなくヒントを求める
- AIに直接正答を求めると、動機と能力が大きく低下する可能性がある
- 背景知識/思考の手がかり/概念の説明を求めれば、同程度の低下は起きない
- 白紙のページから始める
- ボットを開く前に、自分の分析と結論を先に書く
- AIには考えを代わりに作らせず、既存の考えの弱点や反論を探させる
- AI課題と非AI課題を交互に行う
- AIを使った作業の後には、必ずAIなしで処理する作業を配置する
- 創造的努力を担う精神的な筋肉を使い続ける
- チャットボットをチューターのように再設計する
- 一般的なチャットボットは、質問に答えることで学習を弱める可能性がある
- AIチューターは、構造化された学習の旅路を導くことで、学習と動機を高められる可能性がある
- ボットの役割を百科事典から、精神的な筋肉を鍛えるパーソナルトレーナーへ変えるべきだ
- 機械的な作業と創作的な作業を区別する
- 定型的なメールのような反復作業はAIに任せられる
- エッセイやメモのように、思考過程そのものが重要な作業はAIに任せるべきではない
- こうした創作的な作業までAIに渡す慣行は恥ずべきものと考えるべきだと提案する
- 思考ではなく、思想家を求める
- Claudeに問題を代わりに考えさせるのではなく、その問題を研究した思想家を整理させる
- 子どもの発達を理解する際に、Jean PiagetとErik Eriksonの仮想討論を求め、2人の著作を薦めてもらうやり方である
- AIを神託よりも優れた司書として扱うとき、より良い結果が得られる
認知的二極化は避けられない未来ではない
- ある人々はAIを使ってより多く考え、別の人々はより少なく考えることで、極端な認知的二極化が起こりうる
- 認知欲求の高い集団はますます生産的で満足度が高くなる一方、残りは精神的な下層階級のように追いやられる可能性がある
- 2つの集団の格差は、経済的不平等や政治的二極化より深刻になり、互いに別の種のように見えるほど拡大するかもしれないという見方である
- 認知欲求を固定的な性格としてだけ見る必要はない
- 意志力には遺伝的基盤があるが、周囲の環境にも非常に敏感である
- AIが意志を弱めるなら、人間は制度と環境を変えて意志を強められる
教育は知能の選別から、意志の育成へ転換すべきだ
- 現在の教育は知識と知能を中心に設計されている
- 小学校では、生徒の頭に知識をダウンロードするかのように伝える
- 高校では、知能の高い生徒を選別してエリート大学へ振り分ける
- 豊富な知識を持つ機械に囲まれた時代には、どれだけ多くを知っているかより、熱心に働き、知識を創造的に使う意志が人を分ける
- 教育の中心は、頭脳能力から、高品質な結果を生む精神のマラソンを走ろうとする意志へ移るべきだ
- 核心課題は、人々が認知的複雑さを自発的に求めるようにすることだ
- 失敗の可能性があり、苦痛を伴う難しい任務を、人生の英雄的な旅として見られるようにする
- 身体と心が諦めろと言ってきても、踏みとどまり探索を続ける態度を育てなければならない
- 学校や組織は、構成員に対し、何を最も深く望むのか、世界で何を追い求める価値があるのか、より高い欲望をどう育てるのかを問うようになるだろう
- 現在の文化は情熱を見つけろと言うが、情熱をどう形成するかは教えない。今後は学校や組織がその役割を担わなければならない
欲望を生かす環境、殺す環境
- 人は好奇心や嗜好を意志だけで直接変えることはできないが、欲望を刺激したり抑え込んだりする環境に自分を置くことで、間接的に影響を与えられる
- 多くの学校環境は、精神的努力への欲望を弱める
- 教室で退屈に過ごす時間が欲望を低下させる
- 成績のような外的報酬は内的欲望を押しのける
- 成績インフレは、あらゆることを過度に簡単にし、努力する意欲を下げる
- 合理主義的に設計された制度は、事実や論証を扱う宣言的な精神に集中する一方で、動機が形成されるより深い精神領域への損傷を見落としがちである
- Edward DeciとRichard Ryanが提唱した**自己決定理論(self-determination theory)**では、3つの条件が満たされると動機が高まると見る
- 自律性: 自分の選択を自らコントロールしている
- 有能感: 技術や能力が向上していると感じる
- 関係性: 周囲の人々が自分を大切にしていると感じる
- 偉大な人や芸術作品に触れて生まれる感嘆も、動機を高めうる
- 徒弟関係では、メンターは技術だけでなく、その仕事を愛する人になる方法まで伝える
AIにできないことが、人間を定義する
- AIは、自分にできないことを明らかにすることで、人間とは何かを示せる
- 理性と知能が人間を動物と区別する核心だと考えられてきたが、人間よりはるかに知能の高い存在が現れれば、それだけで人間性を定義するのは難しい
- AIが持ちえないものは、何かを切望する能力である
- 強化学習で作られた薄い層には報酬に似たメカニズムが一部あるが、モデルの中心機能は欲望ではなく予測である
- 成長と探検へ駆り立てる生物学的欲求がない
- 過去の自分と、なりたい未来の自分をつなぐ自己がない
- 個人的な傷/喜び/歓喜/夢/希望から作られた関心の構造と愛の序列がない
- 人生は、与えられた問題を効率的に解く活動であるだけでなく、経験を通じて成長し、まだ手にしていない可能性へ向かって進む巡礼に近い
- 人間を定義する特性は、困難を乗り越えさせる推進力と、どこへ向かい、どんな人間になりたいかを定める志向である
- 人々がより多く望み、より深く切望するのを助けられれば、困難な精神的努力を引き受け、認知的二極化を避けられる
- AIが計算と総合を担うとしても、人間が何が重要か、何を探究する価値があるか、どんな任務を選び、どこへ向かうかを決めるなら、人間の尊厳は保たれ、さらに強化されうる
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